【雑想ノート】やりたいこととやれることとやってきたことについての雑想

いちおう肩書きはデザイナー、ということになっている。

確定申告での職業欄は「広告制作業」。

が、最近はあまりデザインのお仕事はしていない。単純に需要が減っていたり、そもそも腕が認められていなかったり、いろいろと理由はあるだろう。


もっとも大きな理由は、営業をしていないから、だと思う。

どうして営業しないのか?

こたえは簡単。面倒くさいし、そもそも嫌いだから。

そんなこと言っても、仕事なんだから、好き嫌い言ってる場合じゃないだろう。

ごもっとも。

もちろん、それ以外にも理由はある。

ここ数年は、細かくは書けないのだが、とある公共事業に携わっていて、徐々に仕事の比率が変わっていった。

そこでは、基本的には「教える」仕事をやってきた。

最初はAdobe IllustratorやPhotoshopの使い方を教える、というものだった。

自分で日常的に使っていたツールだったので、それほど抵抗はなかったが、いざ教えてみると大変だった。

生徒さん(ここでは便宜上こう呼ぶこととする)のレベルによっては、大前提となる言葉自体が通じなかったりする。

例えば、ブラウザでURLを入れてページを表示しましょう、と言っても、Yahooの検索窓にh・t・t・p…と入力する人もいたり。

どこからどう教えればいいのか、そんなことで悩むことも多々あった。

その公共事業は3年くらい続けただろうか。公共事業なので、国や自治体からの予算が無ければ続けられないので、施策が終了となると同時に仕事としても終了に向かう。

今度はもっと若者への支援を行う事業へシフトしていった。

色々あるし、書けないことも満載なのだが、簡単に言うと「就活」とか、その前の「インターンシップ」などの事業に関係するものだ。

現在の「就活」に関して、身近に大学生がいる、という人はよくご存知だろうが、そうでない人にとってはまったくよくわからない世界だと思う。

私も最初はそうだった。

なにしろ「就活」というものを、したことがない。ここで言う「就活」とは、新卒でどこかの会社に属することを指す。

大学は中退した。自分が何をしたいのか、サッパリ分からなかったからだ。分からないのに、大学で何を学べばよいのか、それすらも分からなかったのだ。

ただ、なんとなく、大学へと進学した。

周りはシュウショクカツドウをやっていても、自分には絵空事だった。なんの実感もなかった。

自分は何がしたいんだろう?

分からないまま時間だけは過ぎていった。

分からないので、体当たりで探すしかなかった。仕事をしないと食べていけない。実家にいても居心地が悪いだけだった。

そういう意味では、私の親は偉かったのだなと思う。ちゃんと親離れを促してくれていたのだ。

なんと、甘ったれだったのだろうか、私は。それを思い知らせてくれたのだ。

とりあえず、少しでも可能性のありそうなところは面接を受けてみた。駄目元でトライした。

働き始めても、これだ!と思うような仕事はなかった。

でも、とりあえず、身体が拒否反応を示すまでは頑張ってみた。合わない仕事はたいてい身体がついていかない。

何度も身体を壊したし、自律神経失調症と診断されたこともあった。

やがて、自分の方向性をデザイナーに定めることで、気持ちが落ち着いた。なれるかどうかは別として。なれるかどうか、というよりも、なるんだ、と思っていた。

そのうち、零細だが広告代理店に潜り込むことができた。ここが転機になった。

と、いうような寄り道と曲がり角だらけの人生ではあるが、何か人に役立てることがあるなら、それを惜しむ理由はない。

知っていることは全部伝えていけばいいではないか、と思っている。

ただ、最近の悩み、というか、モヤモヤしているのは、知らないことを急場で仕入れて、教える、というケースが多いことだ。

とはいえ、これもある種のコンサルタント業だと思えば、こんなもんかな、という気もする。

とりとめがないけれど、最近はこんな感じ。

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