【雑想ノート】平成28年熊本地震 *追記アップデート


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2016年4月14日21時26分ごろ、熊本県で最大震度7の地震が発生しました。震源地は熊本地方で、気象庁によると今のところ津波の恐れはないとのことですが、最大震度6弱の大きな余震も記録されています

情報源: 熊本県で最大震度7を観測する地震が発生、津波の心配はなし – GIGAZINE

夜、子どもたちを嫁が寝かしつけに入った頃、私もシャワーでも浴びてこようかな、というタイミングでiPhoneの防災アプリのアラーム音が。
見ると、熊本で震度7の地震だと。
いやいや、まじか。と思いながらテレビを付け、Twitterアプリを起動。Yahoo!のリアルタイム検索アプリをiPadで起動。
このあたりの動き、自分でも慣れたものだ。

すぐに嫁の実家にいる義父(義母は半月前くらいからウチ:横浜 に来ていた)の安否確認のため、電話をかける。が、つながらない。
頻繁にかけ直してもムダだとは思ったが、義母は心配でそれどころではない。
何度目かでつながったが、音声が聞き取れない。
ショックで声がでないのだろう。

すぐに熊本へ帰る、ということで、飛行機の空席照会し、予約。
こういう時、航空会社は会員としてログインした人の情報から、熊本へ入るべき人をソートしていると思う。
義母は予約できたが、私の名義では空席が無い=グレーとして表示された。

翌朝、早くに義母と嫁は羽田空港へ。
子どもたちをいつもより1時間以上早く起こして、事情を簡単に説明。
小4の長男ガクさんはいちおう理解したようだが、4歳の長女ユノさんは愚図りまくりング・・・・。
そりゃそうだよねー(^_^;)

10時ごろ。
嫁が朝早めの便で熊本入りしたとLINEで連絡が入った。
同じ機内にはフジテレビのアナウンサーとか、テレ朝、共同通信などなど、報道陣らしき人でいっぱいだったと。

実家に着くと、食器棚から飛び出した食器が床に散乱していたり、玄関に置いていた大きな姿見鏡が割れていたり。
大きな余震が何度もあり、義父は一睡もできなかったらしい。憔悴している、と。

とりあえず、こちらでできることを、と思い、寄付サイトで寄付しておいた。
たいして使いみちの無いTポイントで寄付ができる。

嫁からの熊本現地情報。
・電気は止まってない。水道が止まっている(13時ごろには断水解除。でも、泥水しか出ない・・・)
・家の中、障子とかふすまが開かない。またはきつい。建物自体に歪みがあるのかも。

何かあれば、追記していきます。

(2016年4月16日 23時50分 追記)
15日(金)夜から16日(土)未明にかけて、断続的に余震が続いた。
嫁と義父、義母は西区の実家で揺れに耐えていた。
夜中3時くらいに近所の避難所に向かったが、人が大勢で寝ることもできず、車で明るくなるまで過ごしたという。

天気予報で、16日夜には大雨になることが分かっていた。
移動するなら午前中しかない。

嫁は現地で情報を集め、大牟田から福岡へ鉄道が動いているらしい、ということで、大牟田へ向かった。
義父と義母が車で送ってくれた。義父と義母は熊本に残る親戚を置いてはいけない、ということで、再び熊本市内へ戻っていった。

嫁は西鉄で大牟田から西鉄福岡(天神)へ移動。福岡空港へ移動し、チケットを確保。
18時の便が飛ぶかどうか、ギリギリのタイミングだった。

嫁の実家は熊本城にほど近い地域だが、山の中腹に家があり、昨晩未明からの余震(ていうか本震らしいけど)で、傾き、ねじれ、もう住むことができないレベルになってしまったとのこと。
山肌も亀裂が入っているため、土砂災害も怖い。

嫁はこちらに帰ってきてから、大泣きした。我慢していたのだろう。
生まれ育った生家が、もう元に戻らないのだから。
余震が続き、昨晩はリアルに死を覚悟したと。

泣いている嫁を見た子どもたちもなぜか泣き始めた。
(下の子は本当に眠かっただけだと思うが・・・(^_^;))

いま、義父義母は平地の親戚宅に身を寄せているらしい。
避難所に行っても、人がいっぱいで、とても寝られる環境ではないという。

高速道路と鉄道は寸断されているが、一般道がなんとかつながっている様子
(今夜の雨で土砂災害があるとそれもどうなるかわからんが)。物流はしばらくすれば解消するだろう。

取り急ぎ、いま、自分のできることを粛々とやっていこうと思う。

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