Catcher in the Ororo Field

【BOOK】『オロロ畑でつかまえて』 荻原浩:著 広告という嘘から見えた真実は

タイトルの『オロロ畑でつかまえて』はもちろん、サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』のパロディーではあるが、内容面でそこまで寄せていったというものではないと思ったが、どうだろうか。
各章ごとに広告用語を配して、その内容とリンクされているような内容、と思わせつつ、ユーモアたっぷりのドタバタ劇が展開されていく。
まるで漫画やアニメのようなキャラクター設定で、テンポよく話が進む。
ボリューム的にも映像化されたら、2時間ドラマできっちりとオチがつくだろうと思わせる、このまとまりの良さも読んでいて気持ちが良い。

テスカトリポカ

【BOOK】『テスカトリポカ』佐藤究:著 人間の愚かさを映す鏡

圧倒的な暗黒の暴力と麻薬に堕ちた者の末路は神へ捧げられる“生贄”だった。
アステカの神話と現代をつなぐ命の刹那と永遠。生まれ、死ぬことでまた生まれる命のリレーと、際限のない欲望が渦巻く資本主義の成れの果てが描くのは、現代社会への鎮魂歌(レクイエム)なのか、もしくは希望(ホープ)なのか。
第34回山本周五郎賞受賞、第165回直木賞受賞のW受賞という快挙を達成した新次元のクライム小説。

【BOOK】『慈雨』柚月裕子:著 己に恥じない生き方を慈しむ雨

「慈雨」とは、万物をうるおし育てる雨。また、ひでりつづきのときに降るめぐみの雨のことをいう。
主人公・神場は警察官を定年退職し、妻と共にお遍路の旅に出る。
巡礼の最中、捜査中の幼女誘拐事件が16年前の自身も関わった事件と酷似していることに気づく。
過去の過ちと警察組織への忠誠心の狭間で葛藤する男の、真実への矜持が迸る傑作長編ミステリー。

【BOOK】『ルビンの壺が割れた』宿野かほる:著 狂気は冒頭から滲み出ていた

「ルビンの壺」とは、1915年ごろデンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した多義図形のことを指す。
白と黒のモノクロで構成された図案で、ちょうど影絵のように、向かい合う2人の顔のようにも見えるし、大きな壺のようにも見える。
人間の情報処理の研究分野である認知心理学では、あるひとまとまりの模様を「図」として認識し、それ以外の背景を「地」と呼ぶ。
人間の知覚は、あるものを見た時にひとまとまりのものであれば「図」として認識するが、同時のその背景は「地」としてしか認識できない。
認知が固まってしまうのだ。
ルビンの壺の絵を見た時、向かい合う2人の横顔と認識した人は、その周りを背景としてしか認識できない。
逆に、大きな壺だと認識した人は、その周りは背景としてしか認識できない。
どちらも間違いではないが、ふたつを「同時に」認識することは、人間にはできないのである。

舟を編む

【BOOK】『舟を編む』三浦しをん:著 言葉によって救われる旅

人類が言葉(言語)を使い始めたのは、約10万年から8万年前くらいだとされている。 それぞれの地域でそれぞれのコミュニティを形成するにあたっては、言葉がなければ実現しえなかっただろう。 その言葉を、言葉の意味を、語釈を、簡 …

世界から猫が消えたなら

【BOOK】『世界から猫が消えたなら』川村元気:著 人生を形作るもの

余命わずかであることがわかった主人公・僕は、突然現れた自称・悪魔に取引を持ちかけられる。
「この世界からひとつ何かを消す。その代わりにあなたは一日だけ命を得ることができる」
自分の命と引き換えに、世界から何かひとつが消えていく。
愛すべきものたちが次々となくなっていくことで、紐づいていた関係や思い出も、まるで今までも存在しなかったかのように世界は変わることはない。
果たしてそれは本当に「いらないもの」だったのか。
いや、世界には「必要なもの」など本当はなかったのだろうか。
喪失の物語であると同時に、生きることの意味、かけがえのないもので溢れた世界をどう泳ぐかを問う、現代の寓話だ。

【BOOK】『我らが少女A』髙村薫:著 それぞれの幸せを胸に

女優志望だった風俗嬢・上田朱美が殺された。
生前、殺した男に何の気なしに語られた言葉は、12年前の未解決事件への関与を仄めかしていたことから、再捜査が動き出す。
今はもう最前線にはいない合田雄一郎刑事は、警察大学校で教鞭を取りながら、過去の過ちを反芻する。
大人の人生の薄昏さと、若者が抱くやり場のない怒り。
母と娘との間の「呪い」あるいは「毒親」的な振る舞いは、現実と記憶の狭間で微妙に薄汚れていく。
圧倒的な解像度で綴られる2005年と2017年の空気、そして今は亡き「少女A」を取り巻く関係者の、確かにそこに生きていたため息が漏れている。
合田雄一郎シリーズ最新作にして圧倒的な傑作。

【BOOK】『なれのはて』加藤シゲアキ:著 いつか何かの熱になれるなら

いつ、誰が描いたのか不明な一枚の絵の謎を追う内に、時代に翻弄されたある一族の壮絶な歴史を紐解くことになるエンタテイメントサスペンス。
現役アイドルが書いた小説、という枕詞がこれまでも必ずといっていいほどついて回ってきただろう。
だが、今後はその枕詞は必要ないし、自然と外れていくと思う。それだけの筆力を感じたし、色眼鏡で見て読むのをやめるのは勿体無い。
私はラストで涙を抑えることができなかった。
生きるとは何か、幸福とは何か、正義とは何なのか。
本書に描かれているのは、現代に生きる我々に響く「問い」だ。

【BOOK】『紙の月』角田光代:著 空虚な自分を埋める何か

生真面目で何不自由なく暮らしていた専業主婦は、なぜ巨額の横領事件を起こしてしまったのか。
梅澤梨花が求めていたのは恋か、愛か、温もりか、安心か、それとも確固たる自分自身だろうか。
そしてそれはお金で買えるものだったのだろうか。
疾走する焦燥感が胸にせまる長編サスペンス。

推し、燃ゆ

【BOOK】『推し、燃ゆ』宇佐見りん:著 生きづらさを受け入れるために

なんという瑞々しい文体だろうか。
冒頭からその若さが溢れ出ている。
“推し”のアイドルがファンを殴ったという情報がSNSで拡散し炎上する、という風景から物語は始まる。
推しに全ての時間、アルバイト代、興味関心を捧げた先に彼女は何を見たのか。
希望と絶望との狭間で揺れ動く幼年期の終わりは来るのか。
第164回芥川龍之介賞受賞作。
宇佐美ではなく宇佐見、『推し燃ゆ』ではなく『推し、燃ゆ』である。
本作が2作目で、史上3番目の若さでの芥川賞受賞ということで話題になった。
デビュー作『かか』は2019年に第56回文藝賞を受賞、2020年に第33回三島由紀夫賞を史上最年少受賞している。
こういう人を「天才」と呼んでも差し支えないだろうと思う。

【BOOK】『暗幕のゲルニカ』原田マハ:著 芸術は理不尽に抗う武器

人類はなぜ戦争をするのか。
もっとミニマムに言えば、人はなぜ争うのか、とも言える。
それは、神が人間を造ったのであれば、致命的なバグがあるからだ。
戦争の愚かさを絵筆一本で描き、その存在自体が強烈なメッセージを放つ作品。
それが『ゲルニカ』。
1937年4月26日スペインのゲルニカ空爆前後と2001年9月11日アメリカ・ニューヨークのワールドトレードセンター空爆の前後という二つの時代を行きつ戻りつしながら、時代を超えてピカソを愛した2人の女性の視点で紡がれる物語。

天地明察

【BOOK】『天地明察』冲方丁:著 天と地と人間の営みを映し出す大河浪漫

星が人を惑わすのではなく、人が天の理を誤っているのだ。
天の定石を正しく知ることが「天地明察」である。
碁打ち衆四家の安井家嫡男である春海は武士ではないのに帯刀を命じられながらも、日々算術に心惹かれる。
ある時、神社の絵馬に描かれた算術の難問を一瞥して即解答する存在に心奪われる。
本人の意思に関わらず徐々に時代を覆す大きな仕事に抜擢され、ついには日本の全てを司る暦を打ち立てる。
時代に選ばれ、時代を作った男の、友情と信念の大河浪漫である。

法廷遊戯

【BOOK】『法廷遊戯』五十嵐律人:著 正しさのかけ違い

3人の主人公の「正しさのかけ違い」を描いた作品として読んだ。
法の世界を舞台としたゲーム(遊戯)感覚のリーガルミステリ作品、といえば収まりがよいが、言葉の響きほど軽くはない。
多層的な人間の感情が重なり合いながら、心の襞が形作られ、最後には崩壊する。
そんな哀しく刹那い物語だ。

【BOOK】『正義の申し子』染井為人:著 本当の正義は「献身」

出てくる登場人物のほとんどが「クズ」である。
本作は主要な登場人物たちが、それぞれの視点からの語り口で紡がれている。
派手なパフォーマンスで再生回数に取り憑かれている告発系ユーチューバーである「佐藤純」こと「ジョン」、関西弁のろくでなし架空請求業者の「栗山鉄平」、退屈な毎日をただ無為に過ごしている女子高生「眞田萌花」。
同じ出来事であっても、視点が違えば全く違う意味で伝わってしまう。
セリフのひとつひとつが、ジョンからの視点と鉄平からの視点では全く違った意味を持っている。

【BOOK】『向日葵の咲かない夏』道尾秀介:著 自分というバイアスを引きずって

知っていたのは、道尾秀介の代表作で、話題になってかなり売れたということだけだった。
それ以外はほとんど予備知識なく読み始めてしまった。
後から分かったことだが、どうやら賛否両論ある作品らしい。
確かに、これは読むものを選ぶし、他人に勧めやすい作品ではない。

【BOOK】『55歳からのハローライフ』村上龍:著 リ・スタートするための「信頼関係」

あらゆる小説には、それを読むのにふさわしいタイミングがある、というのは積読中毒者である私の言い訳に過ぎないのだが、本作は確かに、読むべきタイミングがあり、その良きタイミングで読むことができたという意味では幸福であった。
「人間五十年」とは言うものの、現代を生きる我々は「人生百年」とか「リスキリンング」だとか言われて、まだまだもがいていかなくてはならない。
仕事、パートナー、こども、近隣との付き合いなどさまざまな関わりにおいて、どうにもならないことばかりが押し寄せる。
ここらあたりで人生を仕切り直し、再出発する、という選択肢があっても良いかもしれない。
そんなきっかけとなり得る一冊だ。

13階段

【BOOK】『13階段』高野和明:著 人が人を裁くために必要なこと

人が人を裁く上で最も重いとされている「死刑」制度。
人が人の命を法に基づいて奪うということは、どういうことなのか、という俯瞰した立ち位置からの是非ではなく、当事者性を持って「死刑」という制度とどう向き合うのかを描いた超傑作。
「やられたらやり返す」ことが、本当に正しいのか。
確定死刑囚がもし冤罪だったら、誰が責任を取るのか。
死刑を執行する刑務官の、職務とはいえ人を殺したという罪悪感は、誰が担うべきなのか。
誰にも正解がない問題と向き合い、完璧なまでの構成力で紡がれた圧巻のストーリーと結末。
第47回(2001年度)江戸川乱歩賞受賞作品。

【BOOK】『あしたの君へ』柚月裕子:著 心の内側に寄り添う仕事

「家庭裁判所調査官」と聞いて、どんな仕事なのかを説明できる人は、そう多くないだろう。
それだけ普段の生活には馴染みがない職業である。
本書はその家庭裁判所調査官になる、前段階の「調査官補」が主人公の連作短編集。

家庭裁判所調査官に採用されたばかりの新人・望月大地は2年間の養成過程研修で九州・福森家裁に配属される。
新人ではあるが実際の少年事件を担当するなかで、表面には見えてこない心の内側に、その人にしかわからない真実があることに気づく。
それは必ずしも良いことだけとは限らない。
相談者と彼らを取り巻く家族との抗いがたい葛藤と苦悩を共に考え、向き合うことで、望月大地自身もまた成長していく物語。

【BOOK】『あの夏の正解』早見和真:著 「甲子園」という魔法が解けた時、何をすべきか

2023年の夏の甲子園大会(第105回全国高等学校野球選手権大会)は、慶應高校が大会2連覇をかけた仙台育英高校を破って107年ぶりの優勝を飾った。 アフターコロナの時代を象徴するように、声出し応援やブラスバンド演奏の解禁 …

Aではない君と

【BOOK】『Aではない君と』薬丸岳:著 十字架を背負う子に寄り添う覚悟

同級生を殺害した容疑で14歳の息子・吉永翼が逮捕される。それなりに平和に暮らしていた日常から一転、加害少年の親となった主人公・吉永圭一は、ニュースで見る匿名の「少年A」ではなく、自身の息子と正面から向き合うことで、自分自身の心の奥底にある弱さと向き合うことになる、葛藤と決意の物語。