【BOOK】『カラスの親指』道尾秀介:著 騙された読了後に去来するもの

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なんと言えば良いのだろうかこの感覚は。読後感は一言で言えばとても爽快感があった。感想文を書こうと思ったが、何を書いてもネタバレになりそうな気がして、何から書けば良いのか分からなくなった。この作品はネタバレをしてしまうと、とてももったいない気がするので、できるだけネタバレしないように伝えたいのだが、どうやって面白さを伝えれば良いのだろうか。とても悩ましい作品だ。


主人公は、詐欺をしながら暮らすタケさんとテツさんという中年男性2人、そして高校を卒業したばかりで、スリを働く少女まひろ。3人はひょんな事から同じ家で暮らすことになる。そしてさらに3人を取り巻く人物が加わり、5人がチームとなって物語が展開していく。

物語全体としては詐欺の話だ。
詐欺とは、他人を騙して金品等を盗み取ることを言う。騙す、欺く、と言う点を広く捉えれば、マジックも同じようなものと言える。だが、詐欺とマジックでは決定的に違う点があるというセリフが出てくる。

「あのですね、理想的な詐欺はですね、相手が騙されたことに気づかない詐欺なんですよ。それが完璧な詐欺なんです。でも、それと同じことがマジックにも言えるかというと、これが違う。全く反対なのです。マジックでは、相手が騙されたことを自覚できなければ意味がないのですよ」

騙す側と騙される側は、何が違うと言うのだろうか。騙していたつもりが、実は騙されていたり、騙されたと思っていたことが実はそうではなかったり。
騙す、欺く、を平たく「嘘」と捉えると、「ついていい嘘」と「ついてはいけない嘘」があることをに気づく。もちろん嘘をつかないに越した事はないが、ときには嘘をつくことで救われることもあるだろう。逆に嘘をつくことで、取り返しのつかないことになることもあるだろう。

テレビのバラエティー番組でよくあるドッキリ企画と言うものが個人的にはどうも好きになれない。あれはおおざっぱな構造を言うと、誰か1人をターゲットにしてだまし、その様子を取り巻く者たちで見て笑うと言うものだ。そこには騙された者の視点や気持ちが考慮されない。他人から騙されたり、周りで起こっている事に対して、自分1人が何も気づいていなかったといった経験があれば、とてもああいうドッキリ企画を見る事は耐えられないと思う。だが、なぜだか世の中の人たちは「人が騙される瞬間」を見たいと思っているようだ。

騙し、騙されるときに、唯一救いとなると思うのは、そこに思いやりや優しさがあるかどうかだ。
その人のことを思って、あえて嘘をつくという事は、時としてあると思う。逆に言うと、優しさや思いやりがなければ嘘をつくのは良くないと思う。

本書での読後感の爽やかさというのは、おそらく優しさや思いやりが多分にあったからではないだろうか。主要な登場人物たちは、皆、それぞれがそれぞれのことを考え、思いやり、行動する。

タイトルのカラスの親指の意味も、読み終わった後じわじわとわかってくるようになる。だからカラスなのか。だから親指なのか。

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本当に騙されていたのは誰だろうか。本当に騙していたのは誰なのか。読んでいる最中にも二転三転するが、読み終わった後、はっと気づく時が来る。
本書の最大の醍醐味は、読了後に現れると言っても過言ではないだろう。
だが、実は物語が始まる前の、目次の次にすでに予言されている。
コナン・ドイル『緋色の研究』からの引用だ。

It’s heads I win and tails you lose.
表が出ればぼくの勝ち、裏が出れば君の負け。

シンプルな文体で非常に読みやすい。何の苦労もなく一気読みできる事は間違いない。ぜひ手に取って気持ちよく騙されてもらいたい。