【BOOK】『ヒトリシズカ』誉田哲也:著 ひとりの女性の誰にも負けなかった人生の記録

Unsplashshahin khalaji

一人の女性の半生を、語り部を変えながら紡ぐ連作短編ミステリー。
時系列が行ったり来たりするなか、一貫して怨念と共に生きる「静加」の周辺で語られるひとりの女性の生き様が交錯する。
そしてその女性は、守るべき存在を抱えながら、誰にも負けなかった人生だった。

刑事物のミステリーという枠に収まらない、不思議な作品だ。
本作は以下6篇の短編から構成されている。
闇一重(やみひとえ)
蛍蜘蛛(ほたるくも)
腐屍蝶(ふしちょう)
罪時雨(つみしぐれ)
死舞盃(しまいさかずき)
独静加(ひとりしずか)

あらすじはWikipediaに載っているので割愛するが、どの短編も「伊東静加」が絡んでいる。
だが、静加自身の語りや心情を表す情報はほとんど出てこない。
また、登場するたびに名前が違っており、そのため読者は、全く違うストーリーを読んでいるつもりで読み進めていくが、いつしか「静加」の物語であることに気づくことになる。
語り手も時間も場所も全てが違う設定でありながら、常に事象の中枢には「静加」が見え隠れしており、すべての根源は「静加」が仕掛けているのだった。

ネタバレ注意

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幼少期の静加、成長した静加、大人になった静加、そして静加の最後まで、徹底して静加本人の心情を吐露するような記述はほぼない。
基本的に周辺の関係者の口から語られることで、静加本人の人間性や魔性の側面を垣間見ることができる。
唯一、静加の思考を探る上での言葉を拾ってみると、
13歳の時、

「……あたしは暴力を、否定も肯定もしない。ただ、利用はする。あたしなりのやり方で、暴力をコントロールする」

15歳の時、

「………あたし、嫌いなの。ああいう害虫。 暴走族とかヤクザとか。死ねばいいのに、って感じでしょ」

「……..でも、あたしは何一つ、悪いことなんてしてないわよ。 加賀や谷口なんて、どうせ死んだ方がマシな社会のダニじゃない。谷口は……まあ、殺人犯になり損ねたみたいだけど、加賀みたいなのが死んでくれたら、ほんとはあんたらだって、嬉しいんじゃないの」

「……あは……はっ…あたしは、加賀みたいなのも嫌いだけど、自分から死ぬような弱い男はもっと嫌いよ。それより、もっともっと嫌いなのは…… 警察。あんたみたいな偽善者が、一番大っ嫌い」

という過激な発言があったくらいで、他にはほとんど表面化していない。
これらが一連の事件の動機を考える上での材料になるだろう。

おおかた、人というものは、自分で自分を語ろうとすると、どうしてもよく見せようというバイアスが働き、偏った情報を発信してしまうものだ。
むしろ本人の周辺から得た情報の方が本人をより正確に表現できている、ということは往々にしてよくあることだ。

構成として、ひとりの女性を多角的に描き出し、重層的に表現する組み立て方から、必然的に連作短編集的な作りになっている。
そして、おそらく意図的に時系列を順列にせず、行ったり来たりといった時代性を持たせることによって、読み方によっては回顧録的な読み方もできるようになっている。
実際に最後の編「独静加」では、狂言回しは初登場の藤岡という刑事だが、これまでの事件を総括する意味合いで、これまでの主要な語り部が再登場し、事件の裏側を解き明かしていく、という展開がある。

ただし、何度も言うが、静加の周辺人物からの語りで静加の人間性を浮かび上がらせていきながら、静加本人による心情の吐露はストレートには描かれない、という構成は崩していない。

UnsplashHailey Kean

ここでひとつ疑問が残る。
連作短編を通して、時代が行き来するが、静加の年齢を整理すると次のようになるはずだ。
1.闇一重 13歳 小池基史銃殺事件。
2.蛍蜘蛛 15歳 澤田梢と名乗り18〜19歳と称していた。加賀誠殺害事件。
3.腐屍蝶 ※明確な記載がないがおそらく13歳〜15歳と推定 山本亜希子(アキ)と名乗り南原義男とともに青木を殺害。
4.罪時雨 8歳〜13歳 母・深雪のDV夫・唐沢刺殺事件。
5.死舞盃 15歳 南原亭銃撃事件のきっかけを作った。
6.独静加 31歳 16歳〜18歳の頃、山崎秋子を名乗り、浜西タツのアパートで澪と暮らしていたことが語られる。18歳でヤクザ二人を銃殺。

時系列でみると、
8歳 唐沢刺殺事件
13歳 小池基史銃殺事件
15歳 加賀誠殺害事件 青木殺害 南原亭銃撃事件
18歳 ヤクザ二人を銃殺
となる。

疑問というのは、静加の20代がいっさい描かれていないのはなぜなのか? ということだ。
16歳〜18歳で山崎秋子を名乗り、浜西タツのアパートで澪と暮らし、18歳の時、ヤクザ二人を銃殺してからアパートを出ることになる。その後の詳細は不明だ。
ただ、最後の編「独静加」のなかで、佐川真琴となった南原澪はずっと携帯電話の番号を変えていなかったことから、1年に1度くらいの頻度で静加から電話があったことが語られるシーンがある。
おそらく、静加は澪に佐川真琴の戸籍を用意し、別々に暮らすことで澪を「普通の人」として生活できるように配慮したのだろう。
そして、ずっと姿を現すことなく、年に1回だけ連絡を取ることで見守り続けることを選んだのだ。
澪の「普通の人」としての生活が脅かされない内は、何も事件を起こす必要もなかったため、刑事の捜査線上には浮上しなかった、ということだろう。

ひとりの女性の数奇な運命を鮮やかでスピード感のある筆致で描いた傑作だと思う。

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