あけまして おめでとう ございます。
今年も なんやかんや ウマいこと いきますように。
この度の年末年始は娘を連れて広島の実家へ。
新幹線のチケットの都合で、1週間も滞在することになった。
娘は今年(2026年)は中3・受験生ということで、次の年末年始はゆっくりしていられない、ということもあったので、ちょうどよかったのかもしれない。
時間があったので、久しぶりに広島の街中をぶらぶらしてみた。
広島駅周辺、紙屋町、本通り、原爆ドーム、旧市民球場跡地・・・。
昔から外国人旅行者は多かったが、昨今のインバウンドでさらに拍車がかかっていたようだ。
郊外も随分と様変わりした印象だった。
広島を離れてから25年が経過し、人生のほぼ半分になっているのだから、それもそのはず、なのだろう。
中学高校の頃、通っていた道の周囲は、所狭しとマンションが立ち並び、新しい商業施設も増えた。
当時は何もなかったのに、とつい口にしてしまう。
その何もなかったところだって、もっと以前には何かがあって、何かのせいで何も無くなってしまったのかもしれないのに。
もう、思い出は断片的にしか、残っていない、気がする。
良い思い出も、思い出したくない思い出も、いろいろあるけれど、どれもどこかぼんやりとしている。
それ自体は、ああ懐かしいなあ、と思うものの、それ以上にはならない。
学生時代の思い出も、朧げになって来ている。
間違いなく人生の転機になった時代。
楽しいことも苦しいことも、たくさんあった。はずだ。
よく「学生の頃に戻りたい」という人がいるが、全く共感できないでいる。
お金をいくら積まれても、もうあの頃には戻りたくない。
あんなにも無力な自分を思い知らされるのは、ごめんだ。
と同時に、またここに帰って来たい、という強い思いは薄れている。
外から見る広島は好きだけれど、内側から見る広島は、やはりあまり好きではないのだ。
若い頃から、たぶん、ずっと閉塞感を感じていた。
広島という土地に、狭さを感じていたのだと思う。
久しぶりに街中をブラブラして、そんなことを感じた。
外から見る広島は、相変わらず魅力的だし、外にいるからこそ、広島が好きでいられるのだと思う。
これから先のことは誰にもわからない。
目標も何も特にないけれど、
時々、帰れる場所があることは幸せなのだろう、と思う。
今年も、健康に気をつけて、生き延びよう。
