【BOOK】『俺達の日常にはバッセンが足りない』三羽省吾:著 あの頃の”居場所”を求めて

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「バッセン」とは「バッティングセンター」のことである。
ただ、飛んでくるボールをバットで打ち返す。
ただそれだけの施設なのに、全国津々浦々にあるのは、考えてみれば不思議である。
おそらく、野球をやったことがない人でも、人生の中で1回くらいは体験したことがあるのではないだろうか。
そして、本書は読者一人一人に「自分にとってのバッセン」を問うてくる、そんな作品だ。

犬塚土建の息子であり、何をやらせても満足にできない、専務とは名ばかりの電話番、うだつの上がらない犬塚シンジ。
そのシンジの同級生、周りに対して常に暴力的で迷惑をかけることが普通の状態という、誰からも好かれないであろうキャラクターが強烈な、兼石エージが放った言葉が本書のタイトル「俺達の日常にはバッセンが足りない」である。

エージの気まぐれな一言で、バッティングセンター建設が動き出す。
シンジだけでなく、同じく同級生で地元の信用金庫に勤める阿久津ミナ、メンズキャバクラの雇われ店長である山室アツヤも巻き込まれてゆく。

ただでさえ少子化の中、野球人口が減少し、古くからあったバッティングセンターも次々と閉鎖に追い込まれてゆく。
そんな中、なぜバッティングセンターを新しく作ろうとするのか。
物語の縦糸として、この「疑問」が徐々に「確信」へと変わり、クライマックスへ向けて加速してゆく。

ーーーーーネタバレ注意!ーーーーー

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しかし、物事はそう簡単には動かない。
他人をこき使い、金をせびり、借りたものは返さない、そんな不遜な、迷惑な存在でしかないエージの振る舞いに、周囲は誰も協力はしてくれない。
そんなエージを小さい頃から甘く世話をしてきたのはシンジの祖父とシンジの母だけだった。

祖父はエージを応援しながらも、孫であるシンジにも目をかけ、時に助言もする。
シンジの「うずくまって身動きが取れない」様子を見て理解を示す台詞。

説教をするつもりはない。情報が多すぎて身動きが取れないことは分かっている。選択肢が多すぎると、そうなる。そしてこれは、おまえ個人の問題じゃない。時代に合わせながら、周りの声に応えながら行動する、犬塚家の血だ。

戦後、物資も食糧も十分でなかった時代に、会社を起こし、周りからの勧めで社長を引き受けた祖父の、長い時代を経て培われた「人を見る目」と、組織をまとめ上げていく機微から放たれる言葉は、とても、重い。

だが、祖父は同時に、シンジとは対極にあるエージにも理解を示す。

祖父はまた間を置いてから「足掻いている」と言った。祖父が言うには、昔はそういう人間がいくらでもいた。国民全員がそうだったとも言える。誰もが、いまよりも良い生活を目指して足掻くのが「普通」だった。祖父の目から見たシンジのように、うずくまって身動き取れないことが『普通」の現在では、足掻くように生きることは難しい。

若者が自分の居場所や未来や安心や希望を求めて、時に足掻き、時に嵐が過ぎるまでうずくまりやり過ごそうとすることを、大人たちは見守るべきなのだろう。
決して安易に手を差し伸べたりすることなく、じっと見守り、待つことが課せられているのかもしれない。
人が人に教えられることには限りがある。
本人が考え、体験して、初めて気づくことが大切な社会での行き方は、教えることができない。
ただ、祖父は、優しく、静かに、同時に厳しく、ヒントだけは出してくれているのだ。

物事は、過去を見て足下を見て未来を見る、だ。

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Photo by Mehmet Turgut Kirkgoz on Unsplash

この物語には、基本的には「良い人」ばかりが出てくるが、どうしようもないクズも登場する。
エージの父と母である。
エージの父はろくに働くことなく、毎日酒浸り、博打に喧嘩は日常で、機嫌が悪ければエージを殴る蹴るが当たり前、というDV親である。
母親も似たようなもので、揃ってクズである。

そんなクズに育てられたエージも漏れなく暴力的で、攻撃的な、およそ他人から信頼されるような人間には育っていない。

それでも、シンジやアツヤ、ミナが次第に協力していくのは、なぜだろうか?

そこには「バッセン的な空間への渇望」があるからかもしれない。
「バッセン的空間への渇望」とは、何か?
物語の中では、エージやシンジが小中高時代に過ごした「ケンコーバッティングセンター」が、彼らの心地よい(ばかりではないが)「居場所」として描かれる。

子どもも、大人も、職業も、いろんな要素がごちゃまぜになったような、いろんな人たちが、バットを振ったり、うどんやたこ焼きを食べたり、ゲームをしたり、やっていることもバラバラなのに、なぜかその「場所」に惹かれて集まってくる。
エージは親からの暴力から逃れてなんとなく、シンジは無気力からなんとなく、ミナは空手にうまく適応できない自身の体の成長と父親からの説教から逃れてくてなんとなく、集まっていた。
学校でもない、家でもない、まだ何者でもない自分たちを受け入れてくれる、第3の居場所が、当時の彼らには必要だった。

いや、当時だけではなく、今も、きっと必要なのだろう。

一旦は一般企業へ就職したものの、数年で辞めてしまい、家業を継ぐ、という名目で毎日をダラダラと過ごし、ちっとも仕事を覚えられないでいるシンジだけではない。
短大卒であることから周り以上に仕事をしても評価にも給料にも反映されず、不倫関係が冷え切っていながらもはっきりと終われない毎日を過ごすミナ。
メンズキャバクラの雇われ店長であり、随分と年上の森村ハナとの微妙な関係の中、自分に不相応な投資を続けてくれることに違和感を感じ「これほどしてもらうだけの価値が、俺にはあるんですか?」と自分を責め続けるアツヤ。

そんな彼らの様子を知っているはずもないエージは「俺達の日常にはバッセンが足りない」と言うのだ。

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Photo by Lucas Hoang on Unsplash

自分にとっての「バッセン」的な居場所は、どこになるだろうか、と考えた。
子どもの頃は、学校から帰れば、ランドセルを放り出して、近所の公園の空き地へ行けば、大抵誰かがいて、ある程度の人数が集まれば野球をすることが多かったように思う。
もちろん本格的な野球というわけではなく、プラスチックのバットにビニールの柔らかいボールで、守備も投手、内野、外野くらいで十分だった。
打ったボールを捕ったら、一塁に送るというよりは、ランナーにぶつけてアウトにする、という、原始的な子どもの野球であった。
「ドラえもん」に出てくるような、ボールを打ったら「カキーン」という音はしないし、守備ではグローブすらつけずにやっていたものだ。
当時、団地に住んでいて、公園の空き地といっても、周囲には住宅が並んでおり、軟式球であっても気軽に打ったり投げたりすることはできなかった。

バッティングセンターは近所にはなかった。少なくとも、子どもだけで自転車で行ける範囲にはなかったし、それなりにお金もかかることもあって、あまり身近なものではなかった。
イチローは毎日のようにバッセンで練習をしていた、なんて話を聞くと、やはり恵まれた家庭環境があってこその偉業なのだと思わずにはいられない。

中学高校あたりになると、バッセン的居場所は、考えてみるとなかったように思う。
なくても平気だったのか、単に気づいていなかっただけなのか。
大学でサークルに入ってから、その居心地の良さに気づいたので、やはり心の奥底では、バッセン的居場所を欲していたのかもしれない。

社会人になってからは、ある程度、実感を伴ってバッセン的居場所を求めていたと思う。
仕事が休みの日に、ふとやることがないことに気づく。
そして、やりたいことがない、ことにも気づいてしまうのだ。

当時はとても焦っていた、と思う。
自分が何をやるべきか、何をやりたいのか。
見えないまま時間だけが過ぎていく、という焦燥感は、非常に苦しかったと、今になって思う。

ただ、この頃、バッセン的居場所がなかったことが、逆に良かったのだ、とも思う。
バッセン的居場所は、とても楽だ。
何も考えなくてもいいし、ダラダラしていてもいいから。
ただ、そういう居場所が必要だったのは、おそらくそういう時期をもう過ぎていて、この頃は自分自身と向き合うべき時期だったのだと思う。

苦しんで悩んで焦って、そして行動したからこそ、今がある、と思える。
バッセン的居場所が必要な時期は、誰にでもあって、それがいつなのかは人によるけれど、きっと心のセーフティネットのような、そんな役割が必要な時があるのだろう。

あなたの日常にはバッセンが足りていますか?

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