カテゴリー: BOOK

オールド・テロリスト

【BOOK】『オールド・テロリスト』村上龍:著 幸福よりも大切なのは今と明日を生き延びること

戦争を経験した最後の世代が、後期高齢者となって現在の日本を憂い、革命を起こすべく立ち上がりテロを起こす。
そんな荒唐無稽な設定が、現実にあり得ないとは言い切れない、と思わせるほどのリアリズムで、精緻な筆致によって綴られている。
本書が刊行された2015年から10年経った2025年は、「団塊の世代」全員が後期高齢者になる。
戦後生まれの「団塊の世代」は戦争を経験していない先頭の世代である。
もう戦争を経験した世代が元気にテロを起こすことはないかもしれない。
だが、本作にはテロを起こすしかないと思えるほどの、ある感情が、今もなお日本を覆い尽くし、閉塞感を突き破るのではないかと問うているのだ。

【BOOK】『少年と犬』馳星周:著 犬に人としての生き方を学ぶ

犬は「人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物」だという。
本作は、ある一匹の「犬」を中心に、犬を取り巻く人間たちの物語が6遍の連作短編から構成されている。
視点人物は人間たちであるにも関わらず、その中心には常に同じ「犬」がいる、不思議な構成だ。
第163回直木三十五賞受賞作。

有罪、とAIは告げた

【BOOK】『有罪、とAIは告げた』中山七里:著 想像と創造の間で

AIが人を裁く時代はもうすぐそこに来ているのかもしれない。
あらゆる業界・業種においてコスパ・タイパが叫ばれる昨今、chatGPTをはじめとした「生成AI」が現場に導入され始めている。
大量のデータから最適な組み合わせを提示するその能力から、仕事の効率化・迅速化が必要とされる場面では重宝されている。
もし、裁判官の業務をAIが代わりにできるのなら、大量の法律知識や過去の判例などを「深層学習」し、最適な「判決」を導き出せるかもしれない。
人が人を裁く時代から、AIが人を裁く時代になるのか。
一歩、いや、半歩先のリアルを描くリーガルサスペンス。

【BOOK】『スモールワールズ』一穂ミチ:著 思い通りにいかない人生を受け入れるために

ひとつひとつの物語は、小さな世界として独立して存在しつつ、それぞれの登場人物たちがわずかに交わったりすれ違ったりしながら、関係性を見せている。
それはまるで「六次の隔たり」を意図しているかのように。
人生には、本人たちの知らないところで、あの人とあの人とがつながっていたり、自分の行いが知らない誰かの人生に影響を与えていることも、想像するよりもずっと多くあるのかもしれない、と思わせられる。

5A73

【BOOK】『5A73』詠坂雄二:著 読みのない文字をどう読むか

複数の不審死案件にある共通点が見つかった。
どの屍体にも、とある漢字らしきものが描かれていたのだ。
その漢字らしきものとは『暃』と表示され、調べるとそれは「幽霊文字」と呼ばれる“読みも意味も無い”文字であった。
捜査している最中、次の不審死が起こる。
この幽霊文字は何を意味するのか、なぜ身体に描かれているのか。
事件の謎と文字の謎が混じり合う一瞬、あなたが見ている世界が反転する。

【BOOK】『道徳の時間』呉勝浩:著 ルールと道徳の違いは「あなた」の存在

「道徳」という言葉はおそらく誰しもが一度は聞いたことがある言葉だろう。
だが、説明しろと言われるとこれほど困難な言葉はない。
どのように説明しても合っているようなそうでもないような、曖昧で非常に手触りのない言葉でもある。
関西に程近い地方都市・鳴川市。
『道徳の時間を始めます。殺したのはだれ?』有名陶芸家が死亡している現場に残された謎のメッセージ。
次々に起こる類似したイタズラとも思われる事件が続く中、ビデオジャーナリスト伏見は謎の女・越智冬菜からドキュメンタリー映画のカメラマンを依頼される。
それは過去に同じ鳴川市で起きた殺人事件を追う内容だったが、証言者を撮影していく中で現在の事件とのリンクに気づいていく・・・
謎が謎を呼ぶ展開に心揺さぶられるラストまでページを捲る手が止まらない、圧巻の第61回江戸川乱歩賞受賞作。

【BOOK】『告白』湊かなえ:著 全員が拗らせた結果としての悲劇とほんの少しの希望の光

「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」
中学校の終業式のホームルームで女性教師が告白する。
登場人物全員がどこか歪んで拗らせている。
その歪みは、それぞれの主観で綴られた「独白(モノローグ)形式」の文章によって、より際立っている。
衝撃的なラストに息を飲む、第6回本屋大賞受賞作。

【BOOK】『正体』染井為人:著 この世の地獄の正体は

「正体」とは何の「正体」を指しているのか?
もちろん本作の主人公である「少年死刑囚」で「脱獄犯」鏑木慶一を指しているのだが、本作はいわゆる「フーダニット」のミステリーではない。
誰が犯人とされているのか、は読者には一旦示されている。
その上で、「正体」とは何を指しているのだろうか。
鏑木慶一は「なぜ」死刑となったのか、「なぜ」脱獄したのか。
もっと言えばタイトルを「正体」とした「理由」は何なのか?
実はいわゆる「ホワイダニット」の物語なのだ。

【BOOK】『店長がバカすぎて』早見和真:著 人生はコネクティング・ザ・ドッツ

主人公・谷原京子は、吉祥寺にある中規模書店「武蔵野書店」の文芸書コーナー担当の契約社員。
本が好きだからという理由もあって書店員になった。
山本猛という名前だけは勇ましいヘタレ店長とのトラブルの日々が続く中、誰も想像し得なかった事態に巻き込まれていく、ノンストップ書店エンターテイメント。
働くことに悩みはつきもの。そんな悩みをも一緒に笑い飛ばせる一冊。

【BOOK】『未必のマクベス』早瀬耕:著 ハードボイルドでピュアな究極の初恋小説

高校生の頃の淡い初恋の人の名前を、PCのパスワードにしている中年男性は、どれくらいいるだろうか。
実はそこそこの割合で存在しているのではないか、と私は密かに思っている。
初恋の人、とまではいかなくても、大切な人の名前や、子どもがいれば子供の名前をパスワードにしている人は、想像しているよりも多いのではないか。
人によって、仕事によってもちろん違いがあるが、一日に何度も入力することになるパスワードを、大切な人の名前にしているということは、常にその人を思い出し、イメージを反芻することになるはずだ。
ずっと忘れたくない、という思いがそこには透けて見える。
あなたのパスワードは誰の名前だろうか?

Catcher in the Ororo Field

【BOOK】『オロロ畑でつかまえて』 荻原浩:著 広告という嘘から見えた真実は

タイトルの『オロロ畑でつかまえて』はもちろん、サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』のパロディーではあるが、内容面でそこまで寄せていったというものではないと思ったが、どうだろうか。
各章ごとに広告用語を配して、その内容とリンクされているような内容、と思わせつつ、ユーモアたっぷりのドタバタ劇が展開されていく。
まるで漫画やアニメのようなキャラクター設定で、テンポよく話が進む。
ボリューム的にも映像化されたら、2時間ドラマできっちりとオチがつくだろうと思わせる、このまとまりの良さも読んでいて気持ちが良い。

テスカトリポカ

【BOOK】『テスカトリポカ』佐藤究:著 人間の愚かさを映す鏡

圧倒的な暗黒の暴力と麻薬に堕ちた者の末路は神へ捧げられる“生贄”だった。
アステカの神話と現代をつなぐ命の刹那と永遠。生まれ、死ぬことでまた生まれる命のリレーと、際限のない欲望が渦巻く資本主義の成れの果てが描くのは、現代社会への鎮魂歌(レクイエム)なのか、もしくは希望(ホープ)なのか。
第34回山本周五郎賞受賞、第165回直木賞受賞のW受賞という快挙を達成した新次元のクライム小説。

【BOOK】『慈雨』柚月裕子:著 己に恥じない生き方を慈しむ雨

「慈雨」とは、万物をうるおし育てる雨。また、ひでりつづきのときに降るめぐみの雨のことをいう。
主人公・神場は警察官を定年退職し、妻と共にお遍路の旅に出る。
巡礼の最中、捜査中の幼女誘拐事件が16年前の自身も関わった事件と酷似していることに気づく。
過去の過ちと警察組織への忠誠心の狭間で葛藤する男の、真実への矜持が迸る傑作長編ミステリー。

【BOOK】『ルビンの壺が割れた』宿野かほる:著 狂気は冒頭から滲み出ていた

「ルビンの壺」とは、1915年ごろデンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した多義図形のことを指す。
白と黒のモノクロで構成された図案で、ちょうど影絵のように、向かい合う2人の顔のようにも見えるし、大きな壺のようにも見える。
人間の情報処理の研究分野である認知心理学では、あるひとまとまりの模様を「図」として認識し、それ以外の背景を「地」と呼ぶ。
人間の知覚は、あるものを見た時にひとまとまりのものであれば「図」として認識するが、同時のその背景は「地」としてしか認識できない。
認知が固まってしまうのだ。
ルビンの壺の絵を見た時、向かい合う2人の横顔と認識した人は、その周りを背景としてしか認識できない。
逆に、大きな壺だと認識した人は、その周りは背景としてしか認識できない。
どちらも間違いではないが、ふたつを「同時に」認識することは、人間にはできないのである。

世界から猫が消えたなら

【BOOK】『世界から猫が消えたなら』川村元気:著 人生を形作るもの

余命わずかであることがわかった主人公・僕は、突然現れた自称・悪魔に取引を持ちかけられる。
「この世界からひとつ何かを消す。その代わりにあなたは一日だけ命を得ることができる」
自分の命と引き換えに、世界から何かひとつが消えていく。
愛すべきものたちが次々となくなっていくことで、紐づいていた関係や思い出も、まるで今までも存在しなかったかのように世界は変わることはない。
果たしてそれは本当に「いらないもの」だったのか。
いや、世界には「必要なもの」など本当はなかったのだろうか。
喪失の物語であると同時に、生きることの意味、かけがえのないもので溢れた世界をどう泳ぐかを問う、現代の寓話だ。

【BOOK】『我らが少女A』髙村薫:著 それぞれの幸せを胸に

女優志望だった風俗嬢・上田朱美が殺された。
生前、殺した男に何の気なしに語られた言葉は、12年前の未解決事件への関与を仄めかしていたことから、再捜査が動き出す。
今はもう最前線にはいない合田雄一郎刑事は、警察大学校で教鞭を取りながら、過去の過ちを反芻する。
大人の人生の薄昏さと、若者が抱くやり場のない怒り。
母と娘との間の「呪い」あるいは「毒親」的な振る舞いは、現実と記憶の狭間で微妙に薄汚れていく。
圧倒的な解像度で綴られる2005年と2017年の空気、そして今は亡き「少女A」を取り巻く関係者の、確かにそこに生きていたため息が漏れている。
合田雄一郎シリーズ最新作にして圧倒的な傑作。

【BOOK】『なれのはて』加藤シゲアキ:著 いつか何かの熱になれるなら

いつ、誰が描いたのか不明な一枚の絵の謎を追う内に、時代に翻弄されたある一族の壮絶な歴史を紐解くことになるエンタテイメントサスペンス。
現役アイドルが書いた小説、という枕詞がこれまでも必ずといっていいほどついて回ってきただろう。
だが、今後はその枕詞は必要ないし、自然と外れていくと思う。それだけの筆力を感じたし、色眼鏡で見て読むのをやめるのは勿体無い。
私はラストで涙を抑えることができなかった。
生きるとは何か、幸福とは何か、正義とは何なのか。
本書に描かれているのは、現代に生きる我々に響く「問い」だ。

推し、燃ゆ

【BOOK】『推し、燃ゆ』宇佐見りん:著 生きづらさを受け入れるために

なんという瑞々しい文体だろうか。
冒頭からその若さが溢れ出ている。
“推し”のアイドルがファンを殴ったという情報がSNSで拡散し炎上する、という風景から物語は始まる。
推しに全ての時間、アルバイト代、興味関心を捧げた先に彼女は何を見たのか。
希望と絶望との狭間で揺れ動く幼年期の終わりは来るのか。
第164回芥川龍之介賞受賞作。
宇佐美ではなく宇佐見、『推し燃ゆ』ではなく『推し、燃ゆ』である。
本作が2作目で、史上3番目の若さでの芥川賞受賞ということで話題になった。
デビュー作『かか』は2019年に第56回文藝賞を受賞、2020年に第33回三島由紀夫賞を史上最年少受賞している。
こういう人を「天才」と呼んでも差し支えないだろうと思う。

【BOOK】『暗幕のゲルニカ』原田マハ:著 芸術は理不尽に抗う武器

人類はなぜ戦争をするのか。
もっとミニマムに言えば、人はなぜ争うのか、とも言える。
それは、神が人間を造ったのであれば、致命的なバグがあるからだ。
戦争の愚かさを絵筆一本で描き、その存在自体が強烈なメッセージを放つ作品。
それが『ゲルニカ』。
1937年4月26日スペインのゲルニカ空爆前後と2001年9月11日アメリカ・ニューヨークのワールドトレードセンター空爆の前後という二つの時代を行きつ戻りつしながら、時代を超えてピカソを愛した2人の女性の視点で紡がれる物語。

天地明察

【BOOK】『天地明察』冲方丁:著 天と地と人間の営みを映し出す大河浪漫

星が人を惑わすのではなく、人が天の理を誤っているのだ。
天の定石を正しく知ることが「天地明察」である。
碁打ち衆四家の安井家嫡男である春海は武士ではないのに帯刀を命じられながらも、日々算術に心惹かれる。
ある時、神社の絵馬に描かれた算術の難問を一瞥して即解答する存在に心奪われる。
本人の意思に関わらず徐々に時代を覆す大きな仕事に抜擢され、ついには日本の全てを司る暦を打ち立てる。
時代に選ばれ、時代を作った男の、友情と信念の大河浪漫である。

【BOOK】『正義の申し子』染井為人:著 本当の正義は「献身」

出てくる登場人物のほとんどが「クズ」である。
本作は主要な登場人物たちが、それぞれの視点からの語り口で紡がれている。
派手なパフォーマンスで再生回数に取り憑かれている告発系ユーチューバーである「佐藤純」こと「ジョン」、関西弁のろくでなし架空請求業者の「栗山鉄平」、退屈な毎日をただ無為に過ごしている女子高生「眞田萌花」。
同じ出来事であっても、視点が違えば全く違う意味で伝わってしまう。
セリフのひとつひとつが、ジョンからの視点と鉄平からの視点では全く違った意味を持っている。