【BOOK】『ルビンの壺が割れた』宿野かほる:著 狂気は冒頭から滲み出ていた


「ルビンの壺」とは、1915年ごろデンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した多義図形のことを指す。
白と黒のモノクロで構成された図案で、ちょうど影絵のように、向かい合う2人の顔のようにも見えるし、大きな壺のようにも見える。
人間の情報処理の研究分野である認知心理学では、あるひとまとまりの模様を「図」として認識し、それ以外の背景を「地」と呼ぶ。
人間の知覚は、あるものを見た時にひとまとまりのものであれば「図」として認識するが、同時のその背景は「地」としてしか認識できない。
認知が固まってしまうのだ。
ルビンの壺の絵を見た時、向かい合う2人の横顔と認識した人は、その周りを背景としてしか認識できない。
逆に、大きな壺だと認識した人は、その周りは背景としてしか認識できない。
どちらも間違いではないが、ふたつを「同時に」認識することは、人間にはできないのである。

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ルビンの壺が割れた (新潮文庫 や 81-1)

すべては、元恋人への一通のメッセージから始まった。
衝撃の展開が待ち受ける問題作!

「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」
――送信した相手は、かつての恋人。フェイスブックで偶然発見した女性は、大学の演劇部で出会い、二十八年前、結婚を約束した人だった。やがて二人の間でぎこちないやりとりがはじまるが、それは徐々に変容を見せ始め……。
先の読めない展開、待ち受ける驚きのラスト。前代未聞の読書体験で話題を呼んだ、衝撃の問題作!

Amazon.co.jp: ルビンの壺が割れた (新潮文庫 や 81-1) : 宿野 かほる: 本より引用:

本作は往復書簡からなるなる書簡体小説である。
いわゆる地の文はなく、書簡のやり取りだけで物語が進行していく。
書簡体小説で有名なのは『三島由紀夫レター教室』だろう。
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三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

水谷一馬はfacebookでかつての婚約者である田城未帆子のアカウントを偶然見つけ、懐かしさからメールを綴る。
はじめは一方的に送りつけていたメールに、数年経って返信が届く。

自称とはいえPCに不慣れだという水谷一馬が、懐かしいというだけでこんなにも長い文面をメールできるのか、などとつい邪推してしまった。
冒頭からどうにもこの男は怪しい、という思いが拭えなかった。
物語が進むにつれて、水谷一馬の異常なほどの粘着質な文章が、その異常性を増幅させている。

本書を文庫本で購入したのだが、帯があまりにも煽ってくるので、つい買ってしまったわけだが、帯に書いてあるほどのことはなかったな、というのが正直なところ。
「クチコミで20万部! ただただ圧倒的に 面白い!」
「日本一の大どんでん返し と断言したい!」
「久々に仕事が手につかなくなる小説を読んだ(30代男性・千葉県)」
「この面白さは毒です(60代女性・東京都)」
などなど。

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Photo by Debby Hudson on Unsplash

正直に申せば、そんな言うほどでもなかったけどな。と私は思ってしまった。
と言うのも、私の感触としては冒頭から水谷一馬が異常なやつだなと思っていたので、いつ化けの皮が剥がれるのだろうかと読み進めていったからだ。
異常性を自覚しているのかいないのか、必死にその異常性を隠そうとしているような語り口が、粘着質なねちっこいものを想像させていたため、何があっても驚きがあまりなかったというのが、正直な感想であった。

帯文とは真逆の感想を持ったわけだが、これはこれで「真」である。
なぜなら、本書は『ルビンの壺が割れた』のだから。
「ルビンの壺」は「図」と「地」を同時に認識することはできない。
本書を「面白い!」と絶賛する人は、その面白さを「図」として認識しているので、なんだかなあと思っている「地」を認識はできない。
なんだかなあと思っている人はその退屈さを「図」として認識しており、面白いなあという「地」は認識できない。
認知心理学的にも「真」なのである。

とはいえ、本作を「面白い!」と思えた人の認知と、思なかった私の認知は、読書人生としては前者の方が幸せなのではないか、とも思ったのも事実である。


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