【BOOK】『店長がバカすぎて』早見和真:著 人生はコネクティング・ザ・ドッツ

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主人公・谷原京子は、吉祥寺にある中規模書店「武蔵野書店」の文芸書コーナー担当の契約社員。
本が好きだからという理由もあって書店員になった。
山本猛という名前だけは勇ましいヘタレ店長とのトラブルの日々が続く中、誰も想像し得なかった事態に巻き込まれていく、ノンストップ書店エンターテイメント。
働くことに悩みはつきもの。そんな悩みをも一緒に笑い飛ばせる一冊。


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店長がバカすぎて (ハルキ文庫 は 15-1)

谷原京子、二十八歳。吉祥寺の書店の契約社員。超多忙なのに薄給。お客様からのクレームは日常茶飯事。
店長は山本猛という名前ばかり勇ましい「非」敏腕。人を苛立たせる天才だ。ああ、店長がバカすぎる!
毎日「マジで辞めてやる! 」と思いながら、しかし仕事を、本を、小説を愛する京子は──。
全国の読者、書店員から、感動、共感、応援を沢山いただいた、二〇二〇年本屋大賞ノミネート作にして大ヒット作。

店長がバカすぎて (ハルキ文庫 は 15-1) | 早見 和真 |本 | 通販 | Amazonより引用:

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書店のリアル

大学生に就活支援をしていた頃、いわゆる就活用語で「Will・Can・Must」の話をしたことがある。
Willとは、やりたいこと。もし制限がなければどんなことを仕事としてやりたいのか。
Canとは、できること。能力や経験を指す。社会人経験のない大学生ができることは限られているが、その中でも自分ができることを明確化しておくことが必要。
Mustとは、やらなければならないこと。企業など仕事をする組織内での自分の役割、というイメージ。
それら3つを考え、それぞれを円形とした時に、範囲が重なる部分があれば、それが理想的な就職先、という考え方だ。

【図解】Will-Can-Mustとは?転職の自己分析にも使える! | 転職・就職をお考えの方へmoovyの採用動画のご紹介より引用

ビジネス的にはキャリアプランだとか、キャリアデザインなどという言葉の中で語られることが最近は多いだろう。
就職を志望する側の考えを整理するためのフレームワークでもあるのだが、実は採用する企業側にとっても、これらの3要素がうまくマッチする人材を採用することを(意識するかしないかに関わらず)望んでいるのである。

職場環境に不満はあるし、自分の将来だって不安だ。欲しい本も好きなように買えないし、好きなように買ってしまえばたちまち生活がままならなくなる。頼りになる上司はいないし、何せ店長がバカすぎる。
それでも結局書店で働いているということは、こうして好きな本の話ができる人と、たとえ違う会社であったとしても、思う存分語り合うことができるからだ。
それがやりがいの搾取というなら、きっとそうだ。だけど、この言葉でしか表せない。
私たちは本が好きだから、本好きの仲間たちと書店という場所で働いている。小説に出てくる書店員のようにキラキラはしていないけれど、本の話をしているときだけはきちんと胸が弾んでいる。
文庫版P158

本に関わる仕事がしたい、というWillに近い仕事としての書店員を選んだこと、よく本を読み、おすすめするPOP制作などで工夫を凝らすスキル(=Can)、よい本をより多くのお客様に届けるという使命感はMustが絶妙にマッチしている、と客観的には見える。
問題なのは労働環境であり、もっと具体的に言えば賃金が低すぎることが問題なのである。

書店の問題は昨今よく取り上げられていて、直木賞作家・今村翔吾先生が問題提起をされている。

本作でも書店の現状におけるさまざまな問題点を指摘している。
問題は書店だけでどうにかできるレベルではないことに、多くの人は気づかされるだろう。

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まともな人間は店長にならない説

店長だからバカなのか、バカだから店長なのか。
永遠の命題のようだが、私に言わせればどちらも正解である。

学生の頃、書店でアルバイトをしていた。
夕方18:00から24:00までの勤務で、時給は当時で800円程度だったと思うが、もう覚えていない。
コンビニのバイト時給が大体650円くらいの頃なので、少し割高だったとは思う。
18:00に店に入ると、混雑するレジのヘルプに入る。
19:00から20:00くらいで客足が落ち着くので、社員さんは遅番社員1名を残して帰る。
あとは学生バイト2〜3人で回す。
翌日発売の雑誌や書籍を品出ししながらレジ対応を行う。
休憩中は翌日発売の週刊漫画雑誌(ジャンプ、マガジン、サンデー)を先読みしていた。
当時はまだPOSシステムが導入されていなかったため、レジは全て手打ちである。
さらに、どういった客か、男性か女性か、どんな本を購入したのか、雑誌か文芸書(小説等)か漫画か実用書か。
判断に迷ったら大体は「実用書」としていた。
手打ちなので金額ミスもよくあった。
打ち間違いなのか、正しく売っているけどいただいた金額が足りなかったのか、おつりを間違えて多く渡してしまったのか、後からは追跡不可能ではあるが、最後にレジを締める時はいつも緊張感が走ったものだ。

店長は、ちょっと変わった人であった。
変人、とまで言うと言い過ぎだが、決して普通の人ではなかったと思う。
何が「変」なのかを説明するのは難しいのだが、会話のテンポや言葉遣いも、ちょっとした違和感が常にある人だった。
何か頼んだり、伝えたりすると、店長らしからぬ軽い返しがくる。
「あ、いっすよー」「大丈夫よー」「あーい、ありがとねー」といった具合に非常に軽いノリでいつも否定しない人なのだが、決して仲良くなりたくはならない、何かオーラのようなものがあった。
他にも、当時おそらく50代で独身で実家住まいで自分では料理をせずに母親の手料理を食べているだとか、社員割引で毎月大量の雑誌や書籍を自費購入していたとか、とにかく「ちょっと変」な人であった。

本作の店長・山本猛の描写が、「いかにもこういう人いそう」な、ちょっと変な感じがじわじわと感じられて、読み始めたらどうにも止まらない。
「無自覚に周囲をイラつかせる」というのは、天賦の才かもしれない。

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人生はコネクティング・ザ・ドッツ

「コネクティング・ザ・ドッツ」という言葉がある。

「今の選択や判断が正しいかどうかはわからないが、振り返ったときだけ点と点がつながっていることがわかる」という意味で使われる。
今、目の前の仕事に全集中して取り組み続けることで、ふと振り返ったときにこれまでやってきたことが伏線として回収される、という経験があるという。
主人公・谷原京子も、日々の不満を漏らしつつも、本が好きという気持ちを絶やさず、なんとかやりくりしていく。
ダメ店長・山本猛の周囲をイラつかせる行動のひとつひとつも、その時は「点」としてしか認識できない。
キャリアプランでは、あとから振り返った時に、それぞれの点を「どうつなげるか」という視点で見てしまいがちだが、実感としては「自然とつながっていたことに後から気づく」という感覚の方が近い。

一方で、それぞれの点を増やしたり大きくしていくことも重要、という考え方もあり、次の記事に共感できる。

種を蒔かないと実は収穫できない。
今、自分はちゃんと種を蒔いているか、今一度考え直すきっかけとなった一冊であった。
続編も期待。


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