【BOOK】『未必のマクベス』早瀬耕:著 ハードボイルドでピュアな究極の初恋小説

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高校生の頃の淡い初恋の人の名前を、PCのパスワードにしている中年男性は、どれくらいいるだろうか。
実はそこそこの割合で存在しているのではないか、と私は密かに思っている。
初恋の人、とまではいかなくても、大切な人の名前や、子どもがいれば子供の名前をパスワードにしている人は、想像しているよりも多いのではないか。
人によって、仕事によってもちろん違いがあるが、一日に何度も入力することになるパスワードを、大切な人の名前にしているということは、常にその人を思い出し、イメージを反芻することになるはずだ。
ずっと忘れたくない、という思いがそこには透けて見える。
あなたのパスワードは誰の名前だろうか?


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未必のマクベス (ハヤカワ文庫 JA ハ 10-1)

Amazon.co.jp: 未必のマクベス (ハヤカワ文庫 JA ハ 10-1) : 早瀬 耕: 本より引用:

IT系企業Jプロトコルの中井優一は、東南アジアを中心に交通系ICカードの販売に携わっていた。同僚の伴浩輔とともにバンコクでの商談を成功させた優一は、帰国の途上、澳門(マカオ)の娼婦から予言めいた言葉を告げられる――「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」。やがて香港の子会社の代表取締役として出向を命じられた優一だったが、そこには底知れぬ陥穽が待ち受けていた。異色の犯罪小説にして、痛切なる恋愛小説。

ハードボイルド小説というジャンルがある。
最近ではあまり聞かれなくなったかもしれない。
登場人物の感情的な面をあまり描写することなく、淡々と客観的に、だが時に暴力的な行動も含めて書き綴る文体を指す。
本作はハードボイルド小説である、と言い切ってもいいと思っている。

一方で本作は恋愛小説でもある。
それも、高校生の頃の初恋の人が忘れられない中年男の話でもある。

全体を通して感情描写を排除したハードボイルドな文体で綴られている。
その上で、時間軸を前後しながら、感情の極みと言ってもいい初恋の話が紡がれていく。
一体どうしたらそんな相反するものが一体となった小説が生まれるのか。
考えてみても到底理解できるわけがないが、読めばなるほどと膝を打つことだろう。
それほどまでに素晴らしい小説である。
と同時に、とても説明が難しい小説でもある。

「未必の」という言葉は「未必の故意」という言葉と共に耳にすることがある。
辞書的な意味では、

「未必(みひつ)」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書より引用:

必ずしもそうなるものではない、といった意味合い表現もっぱら未必の故意」という刑法用語で用いられ意図的に実現を図るものではないが、実現されたらされたで構わないとする心情態度を指す表現

自ら進んでそうするわけではないが、なったらなったで仕方がない、という心情を指す。

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では、タイトルにあるもう一つのキーワード「マクベス」はどうだろうか。
「マクベス」はシェイクスピアの四大悲劇の一つとされている。
他の三つは『オセロー』『リア王』『ハムレット』だ。
シェイクスピアで真っ先に思い浮かべるのは『ロミオとジュリエット』だが、これは四大悲劇には含まれていない。

端的に言えば、本作は『マクベス』のような悲劇が少しずつ進行していく。
そうなって欲しいわけではないけれど、どうにも抗えない状況で、なってしまったらもう仕方ない、という話だ。
だが、この説明では何の話なのかがさっぱりわからない。
やはり非常に説明しづらい小説である。

ネタバレ注意
ーーーネタバレ注意ーーー

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主人公・中井優一は、マカオで「王として旅を続けよ」と告げられる。
自らの立場を「王」という認識はもちろんなかったが、次第にそう解釈するしかない状況に追い込まれていく。
何かを強烈に成し遂げたい、という願望がなければ、流れに身を任せた人生になるだろう。
だが、自分の知らないところで、自分の人生が決まってしまうことに、私なら違和感を覚える。
「マクベス」としての優一も違和感を覚えながらも、それでもそうせざるを得なかった。
その原動力は何だろうかと考えた時、やはり鍋島冬香との初恋にあったのだろうと想像する。

よく「男性の恋愛は、『名前をつけて保存』、女性の恋愛は『上書き保存』」と言われる。
男性は一人一人との思い出を大切にとっておき、女性は新しい恋人ができたら過去の恋愛は消去していく、という意味合いだろう。
もちろん個人差があるだろうが、概ね合っているような気がする。

そう考えると、優一の恋は上書きされることなく、長い間保存されていたということになる。
随分と男性目線の物語である。
多くの女性にとっては、理解し難い行動論理なのかもしれない。

だが、鍋島冬香は、理解していたし、長い間信じることができていた、と言ってもいいだろう。
それは、優一と冬香に共通する「数学」に象徴的に描かれている。
その発端となったのは「積み木カレンダー」であった。
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未必のマクベス – Wikipediaより引用:

積み木カレンダ
万年カレンダーの一種で、2つのキューブで日付を表現するもの。2つのキューブで00から31までを表現するには「0~9」と「0~3」の計13面が必要だが、6と9が二次元点対称であることを利用して、12面ですべての日付を表現することを可能としている。
中井は、高校の時の数学の授業で各自が問題を考案するという課題が出された際に、6と9が点対称でない場合に、積み木カレンダが成立するか否かを証明せよという課題を考案した。
その答えは、両方のキューブに必要な「0~2」のうち、「6」を含まないキューブの [1] を [9] に置き換えるというもの。このキューブを十の位に置いたときに、アンダーバーの左端側の一部がキューブを支えるような突起で隠れることで、 [9] は [.9] となり、「0.999… = 1」を表す。突起があるという前提条件のもとではあるが、1と9を同じ面で表現することが可能となり、12面ですべての日付を表現することができる。例として、 [9][1] は、11日を表す。

私のような凡人には何度読んでも理解ができなかったのだが、優一と冬香がお互いを意識し合うきっかけとして描かれている。
数学は抽象世界をロジカルに考える学問である。
抽象度が高ければ高いほど、その純粋性は高まっていく。
その純度の高い世界を、お互いに考え、信じることができる間柄だからこそ、互いの感情をも、ずっと上書きせず保存できていたのかもしれない。

数学の純粋性と美しさは相性がいい。
小説『永遠についての証明』や、映画『イミテーション・ゲーム』など、数学の純粋性ゆえに壊れやすい感情を描いた作品は、大変興味深い。

時間は連続しているのか、世界はほんとうにあるのか|早瀬耕 インタビュー|monokaki―小説の書き方、小説のコツ/書きたい気持ちに火がつく。
の中で、著者・早瀬耕は、人生で長編を書いたのはこれが2作目だと述べている。
初めて書いた小説は『グリフォンズ・ガーデン』だという。
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グリフォンズ・ガーデン (ハヤカワ文庫 JA ハ 10-3)
しかも、大学の卒業論文として書いた小説が、知らない間に早川書房から出版されたという、とんでもない経歴をお持ちである。
卒業後、企業に就職してからは、いっさい小説を書いてこなかったという。
やはり世の中には無自覚な天才がいるのだと思う。

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