【BOOK】『55歳からのハローライフ』村上龍:著 リ・スタートするための「信頼関係」

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Photo by Helena Lopes on Unsplash

あらゆる小説には、それを読むのにふさわしいタイミングがある、というのは積読中毒者である私の言い訳に過ぎないのだが、本作は確かに、読むべきタイミングがあり、その良きタイミングで読むことができたという意味では幸福であった。
「人間五十年」とは言うものの、現代を生きる我々は「人生百年」とか「リスキリンング」だとか言われて、まだまだもがいていかなくてはならない。
仕事、パートナー、こども、近隣との付き合いなどさまざまな関わりにおいて、どうにもならないことばかりが押し寄せる。
ここらあたりで人生を仕切り直し、再出発する、という選択肢があっても良いかもしれない。
そんなきっかけとなり得る一冊だ。

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55歳からのハローライフ

本作は、もはや「現代の文豪」と言っても過言ではない村上龍(以下敬称略)の小説である。

私は若い頃、まるで熱病に侵されたかのように、村上龍の作品を貪り読んだ時期があった。
若干うろ覚えだが初期の作品群はほとんど読んだと思う。
最初に読んだのは『コインロッカー・ベイビーズ』だったか。
次に手に取ったのが『愛と幻想のファシズム』。
その後『超伝導ナイトクラブ』『イビサ』『エクスタシー』『フィジーの小人』『音楽の海岸』と怒涛のように読み漁り、『五分後の世界』でまたガツンとやられた。
すべての男は消耗品である』もけっこう読んでいた。
と、ここまで整理していて、まだまだ未読のものが多いことに気づいた。

本作は、2012年発行、新聞連載の中編5本による連作集である。

人生でもっとも恐ろしいのは、後悔とともに生きることだ。「結婚相談所」
生きてさえいれば、またいつか、空を飛ぶ夢を見られるかも知れない。「空を飛ぶ夢をもう一度」
お前には、会社時代の力関係が染みついてるんだよ。「キャンピングカー」
夫婦だからだ。何十年いっしょに暮らしてると思ってるんだ。「ペットロス」
人を、運ぶ。人を、助けながら、運ぶ。何度も、何度も、そう繰り返した。「トラベルヘルパー」

ごく普通の人々に起こるごく普通な出来ことを、リアルな筆致で描き出した村上龍の新境地

55歳からのハローライフ | 村上 龍 |本 | 通販 | Amazonより引用:

それぞれの「サバイバル」と「再出発」

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Photo by Jeremy Bishop on Unsplash

それぞれの中編は、立場も経済的な立ち位置も異なる主人公が「再出発」をしようともがく姿を描き出している。
そして、象徴的に「飲み物」が登場する。
彼らが迷い、惑い、動けなくなってしまった時、心を落ち着かせるため、自分を取り戻すアイテムという役割を担っている。

『結婚相談所』
中米志津子(なかごめしづこ)
紅茶(アールグレイ)

『空を飛ぶ夢をもう一度』
因藤茂雄(いんどうしげお)
水(ミネラルウォーター:パラディーゾ)

『キャンピングカー』
富裕太郎(とみひろたろう)
コーヒー

『ペットロス』
高巻淑子(たかまきよしこ)
プーアル茶

『トラベルヘルパー』
下総源一(しもふさげんいち)
日本茶(狭山茶)

文庫版にも掲載されている「単行本版あとがき」の中で、著者自身が端的に解説している。

また、主人公たちが、みな人生の折り返し点を過ぎて、何とか「再出発」を果たそうとする中高年で、しかも「普通の人々」でなければいけなかった。体力も弱ってきて、経済的にも万全ではなく、そして折に触れて老いを意識せざるを得ない、そういった人々は、この生きづらい時代をどうやってサバイバルすればいいのか。その問いが、作品の核だった。

もちろん生きづらさを抱えているのは中高年だけではない。
だが、若年の頃のような「未知への希望」が少なくなり、加えてこれまで気にしていなかった体力の衰えに苛まれるようになると、より一層生きづらさが重くなるのは、やはり中高年なのだ。

一般的に日本の中高年層の抱える課題は、大きく3つ挙げるとすると、

  • 1.親の介護問題
  • 2.労働ストレスの高さ
  • 3.高い医療費と健康問題

があると思われる。

2.の労働ストレスには、中高年層の再就職の難しさも含まれている。
これは、『キャンピングカー』編で描かれていた。
中堅の家具メーカーの営業職としてバリバリ働いていた富裕太郎は、早期退職に伴って定年を迎えた。
妻とのんびりキャンピングカーでの旅を計画していたが、思いの外賛成を得られず、再就職しようとする。
しかし、企業で働いていた頃の感覚ではうまくいかず、愕然とする、といったストーリーだ。

3.の高い医療費と健康問題は、例外なく誰にでも訪れるものだが、とりわけ『空を飛ぶ夢をもう一度』や『トラベルヘルパー』で印象的に描かれている。

1.の親の介護問題については、本作ではほとんど触れられていない。
全く記述がなくゼロというわけではないが、ストーリー展開においては主要なファクターではないという扱いであった。
このことに、私は少し違和感を持った。
中高年層の「ふつうの人」を描くのであれば、避けては通れない問題だと思う。
と同時に、「55歳からの〜」というタイトルからすると、50代半ばではまだ介護が本格的に始まらないという人も多いのかもしれない、とも思った。

「誰」と「信頼関係」を築いてきたか

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Photo by Mayur Gala on Unsplash

だが、すべての層に共通することもある。それは、その人物が、それまでの人生で、誰と、どんな信頼関係を築いてきたかということだ。「信頼」という言葉と概念をこれほど意識して小説を書いたのもはじめてのことだった。

物語の主人公たちには、反目する人物がいるのだが、必ず「信頼」のおける人物も登場する。
「信頼」といっても大げさなものではない。
ちょっと気が許せるといった程度のものから、思い切って悩みを相談してみようかと思えるほどまで、さまざまだ。
だが、それも、「ふつう」なのかもしれない。
漫画やアニメの世界のように、何でも言いたいことが言えるような関係性がデフォルトであるわけがないのである。

人の幸せは人それぞれだからこれをやっておけば幸せになれる、と決めることはできない、などとよく言われる。
だが、そうとも言えないのではないか、という研究結果が発表されている。

幸福で健康な人生を歩むにはどうすればいいのか。言語学者で明治大学教授の堀田秀吾氏は「ハーバード大学の75年間にわたる追跡調査によると、人間の幸福や健康は、年収、学歴、職業と直接的には関係ない。関係があったのは『いい人間関係』だった」という――。

この研究によると、幸せであること(及び健康であること)の一番の要因は「いい人間関係を持つこと」だそうだ。
家柄、学歴、職業、家の環境、年収などさまざまな要因が関係しそうだが、直接的には良い人間関係が最も幸福感に影響を与えたということだ。
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最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方

「ハローライフ」人生に出会うのは、これから。
誰と「信頼関係」を築いていくか、意識しながら生きていきたいと思う。


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