【BOOK】『向日葵の咲かない夏』道尾秀介:著 自分というバイアスを引きずって

sunflower field under blue sky during sunset
Photo by todd kent on Unsplash

知っていたのは、道尾秀介の代表作で、話題になってかなり売れたということだけだった。
それ以外はほとんど予備知識なく読み始めてしまった。
後から分かったことだが、どうやら賛否両論ある作品らしい。
確かに、これは読むものを選ぶし、他人に勧めやすい作品ではない。

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Amazon.co.jp: 向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。

Amazon.co.jp: 向日葵の咲かない夏 (新潮文庫) : 秀介, 道尾: 本より引用:

なぜ賛否両論が巻き起こるのか。
それは小説としてのあり方が、他にはない異質なあり方をしていたからではないだろうか。
例えばSFやファンタジー、歴史小説など、現代劇ではない作品は、事前にそうとわかっていることで違和感なく作品世界に没入できる。
だが、現代劇だと思っていたのに、読み進めるうちに奇怪な摩訶不思議設定を陳列されると、その違和感が肥大化して物語に集中できなくなってしまう。
本作の、そうした、佇まいと中身とのギャップが大き過ぎたことに起因しているのではないだろうか。

読後感は、爽快とか爽やか、といった感覚にはならなかった。
むしろ、人間の心奥深くに沈澱しているドス黒いものを、取り出して「はいどうぞ」と見せられているような、そんな感覚に陥った。
見てはいけないものを見てしまった時のように、目を背けたくなるのに、どうしても続きを見てしまう。
そうしたリーダビリティはデビュー作から群を抜いていたのだろう。
読み間違えたり、遡らないと理解できないといった点もなかった。

yellow sunflower in close up photography
Photo by Allec Gomes on Unsplash

ただし随所に「えっ?」と声をあげてしまうような驚きが仕掛けられている。
その驚きは、全く予想だにしていなかったことへの反応でもり、且つ、瞬時には理解し難い世界線への当惑と、今まで読んできたものが裏切られてしまったことへの怨嗟と、これからどう読み進めていけば良いのかという不安とが、綯い交ぜとなった複雑な心境でもあるのだ。

読んだ後に嫌な気持ちが残るという意味ではイヤミスのようでもあり、不可思議な設定と現実離れした展開によるファンタジーでもあり、人間の狂気を描いたサイコサスペンスでもあり、謎が謎を呼び最後には全てが解き明かされるという本格ミステリーのようでもある。
こうしたジャンルを特定できない作品は稀有な存在だろう。

作品物語の内容そのものについては一切触れない方がこの作品には良いと思われるため、ここでは触れないことにする。
ただ、作品の世界設定に入り込めるかどうかで、その後の読み進め方が変わってしまうので、まずは受け入れることから始めることをお勧めする。

道尾秀介作品は以前『カラスの親指』という作品を読んだ。

騙し騙され、二転三転どころではない大どんでん返しが魅力の作品であった。

本作『向日葵の咲かない夏』も、特に後半からラストにかけて、怒涛の展開を見せる。
冒頭から伏線が張り巡らせてある点は変わりない。

ただ、その仕掛けにおいては、客観的論理的に説明できるものばかりではない。
ここがこうなっているからこうだ、と決めつけることができないので、読みながら惑うのであるが、それは読者自身の思い込みであり主観でもある。
登場人物や作者にさえ、主観があり、主観が織りなす展開は事実なのか真実なのかは、誰にもわからないのだ。

ミチオの思い込み、S君の思い込み、古瀬おじいさんの思い込みが彼らの行動を規定し、そのアクションが次の思い込みを爆発させる。
それは現実世界の我々と同じだ。
人は誰でも主観に基づいて行動している。
本当の意味での、真の客観性など存在し得ない。
誰にも自分というバイアスを排除することはできないのだ。

それも含めて読むものを選ぶ小説であることは間違い無いだろう。


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