【BOOK】『13階段』高野和明:著 人が人を裁くために必要なこと

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Photo by Jukan Tateisi on Unsplash

人が人を裁く上で最も重いとされている「死刑」制度。
人が人の命を法に基づいて奪うということは、どういうことなのか、という俯瞰した立ち位置からの是非ではなく、当事者性を持って「死刑」という制度とどう向き合うのかを描いた超傑作。
「やられたらやり返す」ことが、本当に正しいのか。
確定死刑囚がもし冤罪だったら、誰が責任を取るのか。
死刑を執行する刑務官の、職務とはいえ人を殺したという罪悪感は、誰が担うべきなのか。
誰にも正解がない問題と向き合い、完璧なまでの構成力で紡がれた圧巻のストーリーと結末。
第47回(2001年度)江戸川乱歩賞受賞作品。

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13階段 (講談社文庫)

死刑制度の是非

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Photo by Leonardo Yip on Unsplash

日本には死刑制度がある。
世界を見渡してみると、国家別では死刑制度がない、あるいは死刑制度はあるが行わないと公言している国が過半数ある。
ただし人口別でみると、中国やインドなどの人口大国では死刑制度があり、世界の人口の過半数以上は死刑制度のある国で暮らしていることになる。
人類にとって、死刑自体が正しいのかどうかは、永遠に賛否が分かれるのだろう。

日本の死刑は絞首刑、いわゆる「首吊り」である。刑法11条1項で規定されている。
フランスでは昔は斬首刑、いわゆる「ギロチン」であった。
人間を死に至らしめるには「首」というのがいかに重要であるかを物語っている。

絞首刑の方法について、本作でも詳細に描かれている。
絞首台は死刑囚が首に縄をかけられた後、床板が割れて落ちていく構造になっている。
その床板が割れるスイッチは、見えない位置にいる3人の選ばれた刑務官によって同時に押される。
誰が押したのか、誰が押したスイッチによって死刑囚が落ちて死んだのかが、分からないようになっているのだ。

それは、刑務官も人間だからだ。
人が人を裁き、人の手によって人が死ぬ。
事故ではなく、意図的に死に至らしめるのだ。
そんな役割を、仕事とはいえ担う刑務官は、何を考え、何に縋ればよいのだろうか。

死刑執行によって死刑囚は死に、処分する刑務官は良心の呵責に苛まれるだろう。
死刑執行に判子をついた法務大臣、それまでに書類をチェックした関係役人たちは、心に蓋ができるのだろうか。
誰もハッピーになることがない死刑制度そのものの是非も問われていると感じる。

一方で、被害者の関係者、被害者家族の立場であればどうだろうか。
犯人には極刑としての死刑を求めるのは、ごく自然な感情ではないだろうか。

私は、1999年に起きた「山口県光市母子殺害事件」を思い出してしまった。

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福田君を殺して何になる

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なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日 (新潮文庫)

死刑制度を考える際に、大きく2つの考え方があるという。

それは犯罪者への報復であるとする応報刑思想、一方には、犯罪者を教育改善して、社会的脅威を取り除くという目的刑思想。この二つの主張は長い論争の末、両者の長所を止揚させる方向で決着した。そして現在の刑罰体系の基礎が作られた。
だが、もちろん、それぞれの国の法律によって、どちらに主眼を置くかの違いはある。欧米諸国の多くは応報刑思想に、一方、日本は、目的刑思想に傾いていると言える。

応報刑思想は有名なハンムラビ法典の「眼には眼を、歯には歯を」という考え方。
やられた分はやり返してよい、という考え方は、当事者目線では自然と湧き上がってくる感情とかなり近い。
もちろん、自然な考え方だからといって、必ずしも正しいとは限らない。

だが、私は個人的な想いとして、目的刑思想には限界があると思う。
他人の話を聞こうとしない人間は、いくら説教をしても意味がない。
更生を目的とすること自体に無理があると感じている。

また、被害者家族にとっても、加害者が生きていること自体が、何らかの希望や癒しの役割を果たしているということであれば別だが(そうでないケースがほとんどだろう)、心からの謝罪の言葉を聞く以外には、その存在から解き放たれてもよいのではないだろうか。

ネタバレ注意
ーーーネタバレ注意ーーー

日本の死刑制度の問題点

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Photo by Lin Mei on Unsplash

日本の死刑制度については、さまざまな問題点が指摘されており、未だ解決していないものが多い。
例えば、冤罪の問題がある。
日本の死刑制度における最大の問題である。
死刑判決が誤って下された場合、無実の人が死刑執行されることがある恐れがあり、その誤りは修正不可能である。
冤罪が発生することは、司法制度に対する信頼を揺るがす深刻な問題である。

また、非人道的な執行方法についても問題を指摘する声は多い。
日本の死刑執行は、秘密主義的で非人道的な方法で行われていると言われている。
死刑囚には執行の予告がなく、家族や弁護士にも通知されない。
死刑執行は突然行われ、絞首刑という残酷な方法で実施される。
この非人道的な執行方法は、死刑囚やその家族に精神的苦痛を与え、国際的にも人権侵害とされているという。

さらには、制度そのものの透明性や公平性においても欠けていると指摘されているようだ。

本作はまさにその問題点を詳細に描きながら、読む者に否応なく考えさせる。

結局、裁判官も人の子、死刑判決を出したいわけではない。
できるだけ出したくはない、というのが本音だろう。
裁判で審理を尽くしても、何が正しいのかは誰にも分からない。
それでも判決を出さなければならない立場で、死刑か無期懲役かを分けるのは、最後は被告に「改悛の情」があるかないか、だという。

「改悛の情だ」南郷が言った。「裁判官が死刑判決を避ける1番の理由は、被告人が改悛の情を見せたかどうかなんだ」
〜中略〜
純一は、かねてからの疑問を口にした。「改悛の情なんて、本当に他人が判断できるんですか? 罪を犯した人間が、心から反省しているかなんて、外から見て分かるものなんですか?」

講談社文庫版P79

被害者家族、加害者家族の描写は、圧倒的な現実を目の当たりにした三上純一が、まさに「改悛」する場面でもある。

たとえ息子を殺されても、残された父親には守らなくてはならない生活があるのだ。毎日三度の食事をとり、排泄し、眠る。知人に会えば笑顔で挨拶し、仕事をして収入を得なければならない。そうやってこの世で生き続けるのだ。海辺の一軒家に住む宇津木夫妻や、そして純一の両親も、同じように日々の営みを繰り返してきたに違いなかった。時折、込み上げてくる辛い記憶に仕事の手を休め、誰にも気づかれないように俯きながら。

講談社文庫版P131

「改悛の情」があれば、死刑にしなくてもよいのではないか、という考え方は、若き日の南郷正二にも葛藤があった。
刑務官時代、これから死刑を執行しようとしていた死刑囚の身分帳を確認していた時、被害者家族からの手紙を見つけた。
そこには「死刑を望まない」という旨が記されていた。

それは、どんな死刑反対論者の理論武装よりも強力だった。強力なだけに南郷は、その手紙を忌々しく思った。俺たちが、あんな辛い思いをしてまで執行してやろうとしているのに、どうしてこんなことをーー。

講談社文庫版P188

タイトル「13階段」が意味するもの

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Photo by Polina Malilo on Unsplash

主要テーマである死刑制度と合わせて考えると、絞首台までに段数が13段かと考えてしまうが、そうではないと序盤で否定されている。

明治以降の日本の死刑制度史上において、十三階段の死刑台が作られたことはない。

講談社文庫版P39

また、検察官が刑の執行にあたって作成する死刑執行起案書は、厳正な審査が必要で、5つの部署、13名の官僚の決裁を受けることになっており、死刑判決の言い渡しから執行までの手続きも、13あるのだ。

樹原亮が僅かに思い出した「階段」は、重要な手がかりだった。
結果的には重要な証拠が隠されていた場所になるが、その階段が13段だったかどうかは描かれていない。

ここは著者があえて13段だったと書かなかったのではないだろうか。
犯行現場や重要な証拠が隠された場所に13段の階段があってそれをタイトルとした場合、読者にはストレートに届くとは思う。
ただ、本作のテーマは犯行そのものではなく、やはり死刑制度やそれを含めた刑罰の重さ、服役している者の更生や社会復帰の難しさ、刑務所の存在と役割の矛盾などである。
死刑執行までの13の官僚と13の手続きを経ていく流れの中で、その問題点の全てが執行によって終結してしまうことの取り返しのつかなさは、現代を生きる我々にも重くのしかかってくる痛みだと、私は感じた。

犯罪は、目に見える形で何かを破壊するのではない。人々の心の中に侵入し、その土台を抜き取ってしまうのだ。

講談社文庫版P132


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