【BOOK】『イクサガミ -天-』今村将吾:著 週刊少年ジャンプ的超エンタメ時代小説

black and white dragon illustration
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本作を一言で言うならば、「週刊少年ジャンプ的超エンタメ時代小説」だ。
時代小説はほとんど読んだことがないが、テレビや映画での時代劇はよく見ているので、そのうち時代小説も楽しめるようになるかな、なんて思っていたタイミングだった。読み始めて10ページほど読んだあたりで、もうすでに面白くてどんどんと読み進めて気づけば止まらなくなってしまっていた。

タイトル『イクサガミ』とは、「戦神 戦う神」という意味だろうか。
戦うことでしか、己の存在を肚落ちできない哀しい武者たちの物語。胸が熱い。

イクサガミ 天 (講談社文庫) | 今村 翔吾 |本 | 通販 | Amazonより引用:

金か、命か、誇りか。
刀を握る理由は、何だ。

明治11年。深夜の京都、天龍寺。
「武技ニ優レタル者」に「金十万円ヲ得ル機会」を与えるとの怪文書によって、
腕に覚えがある292人が集められた。

告げられたのは、〈こどく〉という名の「遊び」の開始と、七つの奇妙な掟。
点数を集めながら、東海道を辿って東京を目指せという。
各自に配られた木札は、1枚につき1点を意味する。点数を稼ぐ手段は、ただ一つ――。

「奪い合うのです! その手段は問いません!」

剣客・嵯峨愁二郎は、命懸けの戦いに巻き込まれた12歳の少女・双葉を守りながら道を進むも、
強敵たちが立ちはだかる――。

舞台は明治11年。西南戦争の起きた年の翌年である。西南戦争は1877年(明治10年)鹿児島の西郷隆盛を中心として起こった士族による武力反乱であり、日本国内で起こった最後の内戦とも言われている。
と同時に明治維新の最中、身分制度が解体され、侍であった武士たちは、その最後の誇りであった刀も帯刀することが禁じられた。
そんな時代に、ある噂が日本中を駆け巡った。

―武技ニ優レタル者。本年五月五日、午前零時。京都天龍寺境内ニ参集セヨ。 金十万円ヲ得ル機会ヲ与フ。

現代の価値に換算するとどれくらいになるのだろうか。10億とか100億円くらいか。とにかく途方もない金額がもらえるということだろう。
そこで京都の天龍寺に全国から強者どもが集結。互いに「札」を取り合い点を稼ぐ「蠱毒(こどく)」が開催されるのだ。

ーーーネタバレ注意!ーーー
ネタバレ注意

people gathering on street during nighttime
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「蠱毒」とは。

男は帳面の中を覗くように顎をしゃくった。
「蠱毒・・・・・・大陸の呪術・・・・・・」
愁次郎は声を詰まらせた。 京八流の継承法はこれを模倣したものである。たった一度だけだが師が言っていたのを思い出したのだ。
蛇、蛙、百足(むかで)、蛾、虱(しらみ)など百の虫を一つの壺に入れ、放置して共食いをさせる。 最後に勝ち残ったものが神気を帯びるとされ、これを祀(まつ)れば思い通りの富貴を得られるとも、どんな壮健な者でも殺める毒を作れるともいう。
「思い出されましたか」
「だから五月五日…・・・・・」
記憶が次々と喚起される。 蠱毒は古来、五月五日に行うものとされていると、これも師が言っていた。故に京八流の継承戦もそれに倣い、五月五日に執り行われる予定であった。そして今回、天龍寺に集められたのも五月五日。今の今まで気づかなかったのは、忌まわしい記憶として忘れようとしていたからに他ならない。

全国のあらゆる地域から自称「武技ニ優レタル者」が集まって来ている。様々な武器を持つ者、一見ただの年寄りに見える者、明らかに力自慢の者。
そう、これはまるで、かつて週刊少年ジャンプやマガジンで見た、「友情・努力・勝利」の漫画キャクターたちのようではないか。
時代小説ということで侍や武士が出てきて刀で戦う、という程度の展開はもちろん想像していたが、こんなにも豊富なキャクターたちが、次から次へと仕掛け仕掛けられ、抜きつ抜かれつの攻防戦を繰り広げるとは。
そして、各キャラクターたちは、それぞれ特徴的な武器を持ち、得意な戦い方がある。さらには生い立ちやこれまでの暗い過去、なぜ今回このような奇妙なイベント「蠱毒」に参加したのか、といった部分にも深い設定が練り込まれている。
ストーリーが進むごとにどんどんと強いキャラクターが現れ、丁々発止のやりとりが繰り広げられる。これもジャンプシステムのようだ。

参加者たちはみな、蠱毒でいうところの「百の虫」である。
ひとつの「壺」に入れ、共食いをさせる。その中で勝ち上がってきた者には褒美としての大金をつかませる。
と同時に腕に覚えのある者同士が殺し合うことでほぼ一斉に殲滅できる、というのが主催者側「謎の組織」の企みだ。
国家を牛耳る側からすると、ご一新後は侍の世ではなくなった。にもかかわらず刀を振り回しているような無頼者をいちいち取り締まっていては効率が悪い。ゲームに興じながら共倒れしてくれるのがなにより手がかからないのである。

woman in red long sleeve shirt holding microphone
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まだwikipediaのページが作られていないようで、登場人物一覧などが見当たらない。
ということで、ここにメモを記しておく。
(ざっくりと登場順、いや、そうでもないか)
嵯峨愁二郎(さがしゅうじろう)主人公「京八流 武曲」の剣客 本名「刻舟」。
嵯峨志乃(しの)愁二郎の妻 町医者。
香月双葉(ふたば)旧亀山藩士・香月栄太郎の娘 天道流。
(えんじゅ)謎の組織の者 「こどく」の説明をした男。
謎の爺 天龍寺にいた齢七十にもなろうかという老人 相当な使い手。
弥兵衛(やへえ)「薊屋(あざみ)」の主人。愁二郎を匿う。
化野四蔵(かのしぞう)「京八流 破軍」の使い手。愁二郎の義弟。背は高くない。相手の刀を折る。
柘植響陣(つげきょうじん)上方訛りの剣客 相当な使い手 愁二郎たちに手を組むよう提案してきた。忍者。
衣笠彩八(きぬがさいろは)「京八流 文曲」愁二郎の義妹。義兄弟唯一の女。
祇園三助(ぎおんさんすけ)「京八流 禄存」愁二郎の義弟。耳に特化した奥義の使い手。
甚六(じんろく)「京八流」愁二郎の義弟。
一貫(いっかん)「京八流 北辰」愁二郎の義兄。
カムイコチャ(カムイコチャ=神の子という意味)アイヌ人 弓の名手 本名イソンノアシ(弓の名手という意味)。
(つるばみ)蠱毒主催者側の使者 愁二郎たちの担当。
謎の権力者 資金を潤沢に持ち、政財界にも顔が効く。
平岸(ひらぎし)謎の権力者の秘書長。
貫地谷無骨(かんじやぶこつ)乱斬りの無骨 戊辰戦争に参加し、上官を斬って追われていた。蠱毒参加者の中でも最強クラス。
菊臣右京(きくおみうきょう)大太刀の使い手 背にかかるほどの長い髪、いわゆる総髪。女と見紛うほどの美形。一重の目元。花山院家に使える青侍。
七弥(しちや)「京八流」愁二郎の義弟。蠱毒に参加しているかは不明。
岡部幻刀斎(おかべげんとうさい)「朧流」の当主 京八流の見届け一族。京八流継承者に匹敵する実力を持つ。
風五郎(ふうごろう)「京八流」愁二郎の義弟。蠱毒に参加しているかは不明。
番場(ばんば)桑名宿からの七里の渡しの船で襲ってきた一味の首領格。色黒。海賊崩れ。
狭山進次郎(さやましんじろう)桑名宿からの七里の渡しの船で襲ってきた一味の一人。首領格の番場から脅されていた。
赤山宗適(あかやまそうてき)七里の渡しの船で医者のフリをして襲ってきたひとり。伊予国今治藩に仕えた藩医。
川本寅松(かわもととらまつ)赤山に金を貸した一味の一人。赤松が逃げないように見張り役。
花山院家理(かざんいんいえのり)花山院家当主。家僕は菊臣家。
佐田秀(さだひずる)長府報国隊。

Audibleにも同作がラインナップされているので聞いてみたが、多様な登場人物たちをひとりの朗読で聞かせるというAudibleの特性上、無骨な男たちはいいとしても、少女・双葉の声も同じ男性ナレーションではさすがに無理があると感じた。
また、時代小説だから特に、ということもあるだろうが、地名や固有名詞などを音声で聞いただけでは、どのような漢字を当てるのかがわかりづらい。やはりこれは書籍を購入して読んだ方がいいと判断した。

本作『イクサガミ 天』は、三部作の第一作という位置付けである。第一作時点ではまだ京都から伊勢国の関所ひとつを通過、宮宿を出たところまで。第二の関所である池鯉鮒宿にもたどり着いていないのだ。
2022年2月初版発行で、続編はこの記事の執筆時点ではまだ刊行されていない。すでに1年経っているが、いつ続きが読めるのか待ち遠しい。
文庫書き下ろしの帯にある京極夏彦氏のコメントが全読者の声を代弁している。

「お願いですから早く続きを読ませてください」

本当に早く続きが読みたくてたまらない。それほど面白いのである。


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