横浜市長選挙2026雑感

横浜市長選挙が終わっての雑感。
単に「誰が当選したか」ではなく、市長辞職に伴う選挙で、有権者がどのような投票行動を取り、その結果、市政の権力構造がどう変化したかという点は押さえておくべき点であるとは思う。

選挙結果:原沢敦美氏が初当選
得票数:552,207票
得票率:39.49%
投票率:45.56%
投票率は前回2025年より3.92ポイント上昇した。
原沢氏は2位の福山氏に約32万票の差をつけた上、全18区で最多得票。
ただ、得票”率”でいうと、39.49%で、有効投票の過半数には届いていない。
原沢氏以外の候補6人の得票率を合計すると60.51%。
6人で分散してしまったために、原沢氏に肉薄する候補者は生まれなかった、と考えることもできる(もちろん、そうであるという証拠はないし、そうではないと考えることもできる)。

今回の投票者数は141万6,233人。
前回より投票率が3.92ポイント上昇した。
また、全18区全てで投票率は上がっていた。これは純粋に良かったと思う。

パワハラ問題で辞職した前市長・山中竹春氏は、前回2025年の選挙では約66万票を獲得したが、今回は約20万票にとどまった。得票率も52%から14.28%へ大きく低下した。
いや、むしろ、20万人もの人間が、このパワハラ市長に投票した、という事実の方が恐ろしい。
一体何を考えていたのか、不思議である。
「パワハラの問題はあったけど、実行した政策は良かった」とでも言うのか。
だとしても、パワハラはダメだろう。
人の命にすら関わるのだ。政策が良かろうが、何があっても容認してはならない。

出口調査では、期待する政策は、と問われて「経済・物価高対策」と回答した人が多かったという。
パワハラとか、市政の混乱とか、そういうことよりも家計が大変、という切実な面があったことはわかる。

当選した原沢にはバックに複数政党の組織的な支援があった。
自民・維新・国民民主が推薦、公明党市議団が支持した。
無党派層の投票先も取り込んだらしく、約34%を獲得。
この結果だけを見ても、無党派層と呼ばれる人たちの多くは「無関心層」であることがわかる。
無関心なので、なんとなく雰囲気の良く、女性で、弁護士とかしてた優秀(そうな)原沢氏に投票しとけばいいか、となったのであろうか。

もういいかげん、うんざりである。
こうした組織の論理で社会が回っていくことは、理解はしているが、納得はできない。
市長という「個人」を選択するのであれば、個人の資質や実績、考え方で選択したい。
だが、現実は組織の力、金の力でメディアも飲まれてしまい、多くの「無関心層」が深く考えることもなく、なんとなくで投票し、結果として何の政策を述べることができないない個人が当選してしまう。

原沢氏は複数政党の推薦・支持を受け39.39%を獲得して当選したこと。
賛成党が推薦した福山氏が16.48%を獲得し、前回より得票を伸ばして2位となったこと。
これらの事実は、政党による選挙支援が地方首長選挙でも大きな力を持っていることを意味する。

私は、今の選挙というシステム自体が、もう制度疲労を起こしていると考えている。
どのように変えるか。
例えば、1人1票という原則を変更し、成人(18歳〜)は1人2票、子供(7〜17歳)は1人1票とするとか。
例えば、立候補者数によってある一定割合(例えば3割まで)の人数に投票できる(例えば9人立候補なら3人まで選択・投票できる)「承認投票制」とか。

もちろん荒唐無稽だと笑う人はいるだろう。
だが、選挙制度改革の研究では、実際に議論されたこともあるようだ。
単なる統計学だけではなく、数学や経済学、情報科学、法学など多岐にわたる学術分野であり、社会的選択理論という学問に近い分野である。
社会的選択理論とは、簡単に言えば、「一人ひとりの異なる希望を、どうすれば公正な一つの社会的決定にまとめられるのか」を数学的に研究する学問だ。

大人が1人2票の制度は投票価値の平等という観点で憲法上での問題点があること、そして、複数の候補者を選択して投票できる制度は有権者が「第2希望」だと思っていた候補者が結果的に1位になる可能性が大きくなるというジレンマを抱えていることは理解している。

今回の選挙結果、当選した原沢氏の得票率は約4割だったことを踏まえると、「有権者の約4割の票を獲得した候補者が、市民全体を代表する首長として行政権を担う仕組みは、十分な民意の反映といえるのか?」という考えが浮かんでも不思議ではないだろう。
当然だが、現在の市長選挙では、最多得票者が法定得票数(有効投票総数の4分の1以上)を満たせば当選できる。過半数は必要ないことも理解している。

それでも。
このままで本当にいいのか、と思わずにはいられない。
原沢氏の前は、山中氏、山中氏の前は林氏。林氏の前は中田氏。その前は・・・。
ずっと民意が反映された感じがしないままなのだ。
このままずっと同じ方法で選挙をしても、組織の都合の良い人が何の具体的な政策を語らずとも、組織の力で当選できてしまう現実を前に、どう希望を持てというのか。

1人1票という大原則を変えてでも、選挙制度を変えないと、このまま未来永劫こんな茶番が繰り返されてしまうのだ。

もっともっと違った角度から考えれば、そもそも「1人」を選ぼうとするから無理が生じているのなら、政策そのものに投票すればいい。
経済・産業、教育・保育、福祉・介護、医療、インフラ、エネルギー、など分野ごとに政策を挙げ、それぞれの政策についての得票数が多い政策を議会は優先的に議論しなければならない、とか。
もちろん、こうした「政策直接選択制」では、政策の内容によっては財源がなかったり、人気のある政策を必ずしも実行できるとは限らないので、財源とセットで選ぶなどの工夫が必要だが。

いずれにしても、選挙の定義から選挙制度、議会の在り方、あらゆる可能性を考えて、改革していく必要はある。と思っている。
もはや現代人には、議会制民主主義がフィットしていないかもしれない、という視点での変革を、大真面目に考えなくてはならないだろう。

と、考えながらも、まず自分のすぐ近くから、すぐにできることをやるとして。
日常的に政治を話題にすることを始めようと思ったのであった。



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