【BOOK】『アナザーフェイス』堂場瞬一:著 厳しさと優しさのもうひとつの顔を持つ刑事

person holding black mask
Photo by John Noonan on Unsplash

「もうひとつの顔」は、誰にでもある。
家庭での顔、職場での顔、周りの人間関係によって様々な顔を我々は無意識に使い分けている。
そして、それは自分以外の人には「見せられない顔」とも言えるのだ。
子どもが誘拐された内海夫妻に、ある違和感を感じる刑事総務課の大友鉄は、自分自身の「もうひとつの顔」との狭間で揺れ動きながら、事件の真相に迫っていく。
警察小説史上、最も優しい(かもしれない)シングルファーザー刑事の、慈しむ視線が事件を解決へ導く、切ないラストに胸が痛む。

アナザーフェイス (文春文庫) | 堂場 瞬一 |本 | 通販 | Amazonより引用:

警視庁刑事総務課に勤める大友鉄は、小学校二年生の息子と二人暮らしの33歳。
捜査一課に在籍していたが、妻に先立たれ、
男手一つで息子を育て宣言し、育児との両立のために異動を志願して二年が経った。
昼休みにはスーパーのチラシを吟味し、夕食の献立を考える毎日を過ごす。
タフな警察組織を、のらりと生き抜く、異色の警察官だ。
そこに、銀行員の6歳になる息子が誘拐される事件が発生した。
身代金の受け渡し場所は、五万人が集まる東京ドームのコンサート会場。
捜査一課時代の上司・福原は大友のある能力を生かすべく、特捜本部に彼を強引に投入するが……。
堂場警察小説史上、最も刑事らしくない刑事が登場する書き下ろし小説。

タイトルの『アナザーフェイス』とは、「別の顔」あるいは「もうひとつの顔」と考えると腑に落ちる。
主人公・大友鉄は「刑事の顔」と「父親の顔」、子どもが誘拐された内海には「父親の顔」と「銀行員の顔」という対比が描かれていることが分かる。
人は誰しも、そのコミュニティにおいて、それぞれの「顔」を持っている。
平野啓一郎さんの「分人主義」そのままの考え方だが、個人的には非常に説得力があると考えている。

事件は、目黒署管内で6歳の少年が誘拐されたという一報から始まる。
誘拐された少年は内海貴也、幼稚園に行っていたはずが行方不明になっていたという。
銀行員である父親と母親との三人家族。
自宅に犯人から電話があり、誘拐であることが発覚する。
要求された身代金は一億円。
だが、奇妙な点は身代金を銀行が用意しろ、という内容だった。

捜査にあたった、というよりも巻き込まれたのは、刑事部総務課の大友鉄。
元捜査一課の刑事だが、妻を事故で亡くし、まだ小さな一人息子の優斗を育てるため、捜査一課を離れ、刑事部総務課という内勤の仕事に従事していた。
9時5時で仕事をして、定時になったらすぐに帰路につく。途中、スーパーで買い物をして、子どもをお迎えに行き、帰ったら夕食を作る毎日を繰り返す。
この、一見して事件を捜査して解決するために奮闘する、といった刑事物の主人公とはまったく思えないところが異色である。

大友鉄自身も、自分がどうしたいのか、悶々と自問しながら、捜査活動に流されていく。
「刑事の顔」が膨れ上がり、自分自身で制御しきれなくなってくる。
自分は捜査一課に戻って、刑事として事件解決に奔走したいのか。
まだ幼い優斗との時間を最優先してやらなければならないのではないか。
今度は「父親の顔」が頭をもたげてくる。
揺れ動く心情が細かく描写されながら、事件は核心に迫る。
大友は事件捜査に加わり、事件の「ある違和感」に気づき、次第にその正体を突きとめる捜査にのめり込んでいくことになる。

ーーーネタバレ注意!ーーー
ネタバレ注意

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Photo by Jose P. Ortiz on Unsplash

誘拐事件の攻防

誘拐事件にはポイントが大きく二つある。
「人質の解放」と「身代金受け渡し」である。
どちらかが先行して進んだり、あるいは同時並行的に進む場合もあり、この組み合わせによって流れが大きく変わってくる。
また、誘拐を扱った小説やドラマはこれまでにも多数あるが、いずれもこの二つのポイントにさまざまなトリックや仕掛けが隠されており、見所でもある。
ドラマで話題となった『マイファミリー』では、被害者家族が警察を出し抜いて犯人側と交渉したり、身代金受け渡しに右往左往するなどしながら、犯人たちの要求に応えることで疲弊していく様が描かれた。
ベストセラー小説である横山秀夫の『64(ロクヨン)』でも誘拐事件が軸となって、警察内部の腐敗と被害者家族との確執や復讐を描いている。

本作では、身代金の受け渡し方法が前代未聞の方法で警察を翻弄する。
なんと人気絶頂のアイドルグループのコンサート会場の中で行われるのだ。
東京ドーム五万人のファンの中に紛れた犯人を見つけ出し現行犯逮捕することは、ほぼ不可能な状況である。
人を隠すなら人で溢れかえっている場所が最適解だろう。
よくこんなアイデアを思いついたものだとも思うが、それを文章で表現しきってしまう著者の筆力に圧倒される。

主人公・大友鉄の魅力

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Photo by Luca Deasti on Unsplash

物語中盤で、きな臭いヒントが現れ、これは「狂言誘拐」であることが、暗に示唆される。
被害者である貴也の父親が首都銀行渋谷支店勤務の係長であることと、捜査二課(主に経済事件を捜査する)の武本からの情報から、羽田鋼業が不正融資に絡んでいることを掴み、両事件の接点に気づく。

なぜ、大友だけが、この「接点」に気づくことが出来たのか。
それは、大友自身の特性、「他人に警戒心を抱かせない、周囲に溶け込む能力」が情報を引き寄せたのだろう。
市井の人々は捜査一課の刑事のような常に粗暴犯に対しているような人間を前にすると、萎縮して何も話せなくなるのは自然だろう。
そうした「普通の人々」の視線を持ち合わせているのが、大友鉄の魅力だ。
演劇をやっていた学生時代の過去、整った顔立ち、幼い子どもを持つ父親という側面、それらが見事に融合した結果、魅力的な主人公像が生まれたのだろうと想像する。

その魅力は、事件捜査だけでなく、魅力的なキャラクターたちをも引き寄せる。
歯に衣着せぬ発言で核心をついた質問をする東日の新聞記者・沢登有香、長身で重度のニコチン中毒の美人女医・藤見響子、気性が激しくせっかちで暴走癖のある捜査一課の同期・柴克志、刑事部の実質的なナンバースリーである刑事部特別指導官・福原聡介など、癖の強すぎる面々が大友鉄を振り回す構図が、物語をより一層分厚くさせている。

とはいえ、沢登有香や藤見響子との絡みはあっさりとしており、伏線的な流れを残しつつラストに突入してしまったので、消化不良な印象はあった。
ところが、私がまったく予備知識なしで読み始めてしまっており、あとで調べて気づいたのだが、本作『アナザーフェイス』はシリーズ化しており、消化不良の登場人物との絡みがまだまだ読めるという嬉しい誤解があったのだった。

ドラマ版

ドラマ化され、2012年から2013年にかけて放映されたらしい。

Amazon.co.jp: アナザーフェイス 刑事総務課・大友鉄を観る | Prime Video
主演(大友鉄)は仲村トオル。
優斗役は鈴木福くんだったようだ。
現時点ではABCオンデマンドで観ることが出来るようだ。


余談だが、今回、横浜市立図書館の電子書籍サービスでレンタルして読ませていただいた。
横浜市民で図書館サービスに登録していれば、あまりにも簡単にPCやスマホで電子書籍を借りることができるので、今後積極的に使っていこうと思う。


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