【BOOK】『5A73』詠坂雄二:著 読みのない文字をどう読むか

a person in a field with a large umbrella
Photo by Josh Hild on Unsplash

複数の不審死案件にある共通点が見つかった。
どの屍体にも、とある漢字らしきものが描かれていたのだ。
その漢字らしきものとは『暃』と表示され、調べるとそれは「幽霊文字」と呼ばれる“読みも意味も無い”文字であった。
捜査している最中、次の不審死が起こる。
この幽霊文字は何を意味するのか、なぜ身体に描かれているのか。
事件の謎と文字の謎が混じり合う一瞬、あなたが見ている世界が反転する。

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5A73

Amazon.co.jp: 5A73 : 詠坂 雄二: 本より引用:

関連性不明の不審死の共通項は身体に残された「暃」の字。
それは、存在しないにも拘わらず、
パソコン等では表示されるJISコード「5A73」の文字、幽霊文字だった。
刑事たちが、事件の手掛かりを探る中、新たな死者が……。
この文字は一体何なんだ?

物語の定石を絶えず覆す異端の新たな傑作!

本作の構成は、事件を捜査する警察側の視点と、不審死の当人たちの視点とが、交互に展開される。
警視庁刑事部別室の男性警部補・早川と女性警部・山本が捜査(思索あるいは妄想)を進めるパートは、緩やかながら少しずつ事件の深部へ潜っていく、ゆったりとしたバディものの様相を呈している。
一方、不審死の当人たちそれぞれのパートでは、一人称視点での独白に近い文体が綴られている。
いずれも、芯を貫いているのは「暃」という一文字である。

この「暃」という文字。
幽霊文字と呼ばれ、読みがない。
意味もない。

幽霊文字とは、
「JIS基本漢字に含まれる、典拠不明の文字(漢字)の総称。」

読みがないのに、PCなどでは表示はできる。
できるが、なにせ読みがないので打って変換することができない。
手がかりとしては、JIS規格で定められたJISコードから探るしかない。
Googleで「5A73 JIS」で検索。
そこでようやく対面できる。
これをコピーし、ユーザ辞書登録して、今これを書いている。
ユーザ辞書登録時の読みは「ヒ」とした。
これは、幽霊文字20字に対して、日本電子工業振興協会『日本語処理技術に関する調査研究』(1982年)が「便宜上仮に音を採用」したものに準じている。
Macの日本語ユーザ辞書を編集する/使用する – Apple サポート (日本)

章立ては以下のようになっている。

前書
一章
二章 湯村文
三章
四章 黒下園子
五章
六章 瀬名本光太
七章
八章 真室琢海
九章
十章 尾倉陸久
始末

物語冒頭から謎のオンパレードである。
不審死死体に「暃」の文字が残されていた。
タトゥーのように彫ったものではない。
かといってマジックで書かれたものは1件だけ。
そのほかはタトゥーシールをわざわざ貼り付けてあったのだった。
調べによると誰かが死体に貼り付けたわけではなく、死者自らが死ぬ前に貼っていることが判明している。
なぜこの文字のタトゥーシールが貼ってあったのか。
なぜこの文字である必要があったのか。
そもそもこの文字はなんなのか。
不審死が連続していく中、謎は解決するどころか、どんどん謎が増えていく。

ネタバレ注意
ーーーネタバレ注意ーーー

grayscale photo of person standing inside building
Photo by Erik Müller on Unsplash

時系列での不審死の順は、以下のようにまとめられるだろう。
1 尾倉陸久  20歳 大学生 3月21日早朝、マンションの非常階段にて縊死(いし:首吊り) 左手の甲に「暃」
   ┃ 自殺志願者のSNS繋がり
2 湯村文   22歳 公務員区役所勤め 5月9日、自宅マンションの浴室にて硫化水素による中毒死 右胸に「暃」
   ┃ ブログへのコメントを通じて知り合う
3 黒下園子  39歳 訪問販売員 6月15日夜、自宅浴室にてコンセントを使った感電死 額に「暃」
   ┃ 大学の映画サークルでの先輩後輩
4 瀬名本光太 38歳 運送業 7月7日、電車への飛び込み自殺 右足の付け根に「暃」
   ┃ 大学の先輩後輩
5 真室琢海  26歳 動画編集者 7月26日 ホテルの窓からの等身自殺 目撃者なし 右頬に手書きで「暃」

刑事部別室の2人のパートでは「暃」の文字についての考察が繰り返されていく。
その情報量はとんでもない量と驚くべき発想で読むものを翻弄する。
よくもまあ、たった一文字でここまで書けるとは。
半ば呆れ、次第に感心してしまいつつ、読み進めることになる。
その一方で、当人たち視点の各章では、不審死を遂げた当人たちの心の動きと、それぞれの関係性が徐々に明らかになっていく。
そして、誰もが考えつかない驚愕の「始末」へ続く。

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Photo by engin akyurt on Unsplash

本作の肝である「暃」という文字が、実は幽霊的な存在であり、ウイルスのように伝播していくという仕掛けは、一見荒唐無稽に思える。
だが、コロナ禍を経験した我々は実は無自覚に納得してしまっているのではないだろうか。
見えない「敵」に怯え、どう対策してよいのかも分からず不安に陥るのは、ウイルスでも幽霊でも同じではないか。

これまで我々が認識できていたのは、
1 意味があってその形になった
2 その形に意味を見出した
のいずれかだ。

そもそも形も意味もなかった存在が、「暃」という形を与えられたことで、意味を持ってしまった。
それ故に取り憑かれ、伝播し、結果的に当人たちは自らを亡き者にしてしまった。
形も意味もなかったモヤモヤした心の中の「存在」が、形を得たことで「自死」という結果を引き起こした、とも言えるのではないか。
形も意味もなかったものに、無理やり意味を見出してしまうことは、実は大変怖いことなのかもしれない。

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Photo by Annie Spratt on Unsplash

Amazonのレビュー欄を筆頭に、数ある読書レビューサイトでは、本作に対する残念だったという評が散見される。
人の感想なので何がどうあっても自由でよいと思うが、過剰に怒り狂っている人も多くいるようだ。
そういう方たちは、おそらく読書が完全なる娯楽として機能しているのであろう、と思われる。
娯楽として消費しうるためには、それなりに読後に満足感が欲しいわけだ。
読んでスッキリしたとか、面白かったとか、泣けたとか。
そういった「効能」を期待していたからこそ、本作を読んでの感想が荒れてしまうのだろう。

そんな方々が湧いて出てくることを見越していたのか、著者・詠坂雄二が吠えている。
「だとしても、読むメリットがある小説なんて気に食わない。役立たずこそ本懐だよ」
そして、それはすでに「前書」にもちゃんと書かれてあるのだ。
『「諸賢、努努ご油断めされるな」などとほざける代物では到底ないということだ』

#読書感想文


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