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【BOOK】『翼の翼』朝比奈あすか:著 「待つ」という苦行

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woman wearing white angel wings
Photo by Christophe Van der waals on Unsplash

根源的・普遍的な「親としての在り方」を解く、家族の物語。
溢れかえる情報の嵐や、周囲の「空気」に振り回され、我が子を、そして自分自身をも見失う親の葛藤がリアルに描かれている。
中学受験の光と闇を浮き彫りにし、親の在り方、親としての生き方を問う「壮絶な家族小説」。
子供の中学受験を一瞬でも考えたら、まずは読むべき一冊。


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翼の翼

Amazon.co.jp: 翼の翼 電子書籍: 朝比奈 あすか: Kindleストアより引用:

専業主婦、有泉円佳の息子、翼は、小学二年生で中学受験に挑戦することになる。有名私立の中高一貫校を受験した経験のある夫真治と、それを導いた義父母。中学受験にまったく縁のなかった円佳は、塾に、ライバルに、保護者たちに振り回され、世間の噂に、家族に、そして自分自身のプライドに絡め取られていく。入試問題頻出作家が、過熱する親の心情を余すところなく描いた、凄まじき家族小説。

woman in white and blue long sleeve shirt holding blue and white star print textile
Photo by Gabriel Tovar on Unsplash

親の「過ち」は何だったのか?

読後、最も気になったのは、親の「過ち」は何だったのか? ということだ。

私の子供たちは中学受験をしていない。
親の私たちも中学受験を子供たちにさせようという考えはほとんどなかった。
娘が小学校4年生の時に塾に通うかどうか、お試しで塾の実力テストを受けたことがあった。
その時、娘は塾に少し興味を示したが、塾の費用や放課後の過ごし方、本人の成績など、トータルに考えて塾に通うこと自体を選択しなかった。
その代わりと言うわけではないが、娘は保育園の頃からピアノを習っていて、それは中学生になった今でも続いている。
加えて「スマイルゼミ」というタブレット教材を日々やっていくことにした。
中学生になってからは、運動部に所属し、平日夕方の練習や土日での練習や大会など忙しく活動している。
そして中学になって初めて、塾に通うことにした。
それはやはり中学になって授業の内容にしっかりとついていくためでもあるし、現状の成績をキープしていくためには必要と判断したからだ。

今になって思えば、小学校の頃に塾に通っていれば、勉強のやり方についてのノウハウや取り組み方等が得られたかもしれない、と考えている。

そもそも最近の小学校の指導方針なのか、宿題と言うものがあまり量をこなすようなものではなかったと思う。
宿題をたくさん課すということ、それ自体があまりよろしくないという風潮もあるようだ。
中学校も公立校だからか、同じような指導方針があるように感じる。
宿題の量はかなり少ないと親から見て感じる。
それはやはり宿題を課すということ自体にあまり重きを置いていないのではないだろうか。

そうするとどういうことが起こるか。
子供は勉強をするという事が良いことであるという価値観を持ちにくくなるし、自分で勉強を進める際の取り組み方や進め方をはっきりと自覚できないままどんどんと歳を重ねることになる。
我々親の世代、昭和後期に小学生〜中学生を過ごした年代からすると、勉強とはまずは量をこなすことである。
その量をこなすことができた上でどうやって質を高めるか、と考える。
ある程度量をこなせる力がないと自分なりの勉強法というのはなかなか確立しにくいのではないかと思うのだ。

そうした親の目線から本作を読んでいくと、どうしても親はどうすればよかったのか、あるいは親の行動・態度で、何が「過ち」だったのか、というところに着目してしまうのだ。

two person holding pair of baby's shoes
Photo by Wes Hicks on Unsplash

「待つ」という苦行

本作を読んで最も強く感じたのは、親が子供の成長を「待つ」ということの大切さである。

本作の主人公は有泉円佳(ありいずみまどか)とその息子・翼。
第一章 八歳
第二章 十歳
第三章 十二歳
翼が小学校2年生の頃から中学受験を始める小学校6年生までの期間を描いている。

はじめはちょっとお試しのつもりで、塾の実力テストを受けてみないかと子供を誘う。
子供にとっては、遊びの延長のようなゲームのような感覚で実力テストを受ける。
その結果によって、もし子供がその気になってしまえば、親はそのまま塾へ入ることを勧めるだろうし、それがきっかけで勉強することが良いことだという価値観が持てるようになれば良いと思ってしまう。
このこと自体は、子供にとって悪いことではないと思う。
子供が勉強に対して前向きに取り組むために、そのきっかけや環境を整えていくことが親の務めだろう。
ただ、ここで親の価値観を押し付けて、誤解を恐れずに言えば、子供を騙して塾に通わせるということがあってはならないと思う。

親が子供に対して最も言ってはいけない言葉が「中学受験を止めなさい」であり、 一番言ってしまうのも、また「中学受験をやめなさい」だという。

子供がその気になって塾に入り、勉強を頑張っていくうちに、成績の細かい部分で親が一喜一憂してしまう。
そうした経験を何度も何度も繰り返しているうちに、子供は親の期待に沿うように行動しなければと考え、塾のテスト等の結果に対して取り繕うようになる。
これは、親が「結果」に対してのみリアクションを繰り返してきたせいである。
子供の成長の段階においては、結果よりもプロセスに着目する必要があるが、大人が大人の世界の価値観だけで見てしまうと、結果を最重要視してしまい、プロセスにまで目が届かなくなってしまうことがある。
本当は頑張ったというプロセスが最も尊いものだが、目に見えてわかりやすい「結果」に執着してしまうのは、親の「業」なのだろうか。

翼の父親の真人(まさと)が、翼の勉強を見ながら、人生の分かれ道だと詰め寄るシーンがある。
この父親自身は中学受験をして中高一貫校へ進んだ経験がある。
中学受験を頑張って成功する幸せな未来(今の自分のように)か、中学受験を辞めて、もっと厳しい競争の世界で戦うか。
選択肢を2つだけ示し、どちらかを選べと言うのだ。
それは、親自身が、たった2つの選択肢しかない。狭い世界で生きてきたと言う証でもある。
いくら勉強をして良い学校を出て良い会社へ就職をして、経済的に十分に恵まれていたとしても、見えている世界が狭い人間をとても幸せだとは私は思わない。
だが、世の中の多くの親は、そうした狭い世界で生きているという自覚がないまま、子供に対して、この世界がどんなにも怖いものかと脅し続けているのだ。

確かに社会に出れば辛いことや厳しいことがたくさんあるだろう。
だが、同時にそれらを乗り越えていく力を子供たちにつけていって欲しいとも思う。
この世界は怖いところだぞと子供を落とすのではなく、この世界にはもっともっとこんなにも楽しいことがたくさんあるんだぞーと、その中で自分の好きなことに向かっていくための力をつけるために、今勉強をして力をつけていくんだと言うことを伝えなければならない。

子供を脅す、という思考回路だと、どんどんと先回りをしてしまうのではないだろうか。
子供が進む道の先に小石があればそれを先回りして次々に除去してしまうことで、子供はその小石を避けることや飛び越える機会を失ってしまう。
最悪の場合はその小石が悪いものだという認識すらなくなってしまう。
そして、善悪の判断ができない子供になってしまうのではないだろうか。
小石につまずいて転んだとしても、多少擦り傷ができたとしても、転んでしまったという経験は、何物にも変え難く子供にとってプラスになると思う。
そうした積み重ねを辛抱強く待つということが親の務めなのだろうか。

と頭ではわかっていても、現実にはなかなか難しいことである。
「待つ」ということが、 親に課せられた苦行なのかもしれない。


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