【BOOK】『小説王』早見和真:著 なぜ小説を読むのか、の答えが見つかる物語

小説を読まない人、読めない人を、私はなんて可哀想な人なんだろう、と思わずにはいられない。

個人の嗜好の問題なので、それぞれが好きにすればいいのは、頭ではわかっている。

理解はしているのだが、それにしても、もったいない人生だと感じてしまう。

本作は、売れない作家と三流編集者の夢と青春の旅立ち、というストーリーに載せながら、実は読者を「当事者」として呼び覚ます、実に吸引力の高い物語になっている。

物語を思いつく者、構成する者、綴る者、指摘する者、編み直す者、読むことで魂を揺さぶられる者。

それぞれがそれぞれの「物語」に救われる、珠玉の「すごい小説」である。

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小説王 (小学館文庫 は 18-1)
早見 和真(著)

大手出版社の文芸編集者・俊太郎と、華々しいデビューを飾ったものの鳴かず飛ばずの作家・豊隆は幼馴染みだった。いつか仕事を。そう約束していたが、編集長の交代で、企画すら具体的にならないまま時間だけが過ぎていく。やがて、俊太郎の所属する文芸誌は、社の経営状態から存続を危ぶまれ、豊隆は生活すら危うい状況に追い込まれる。そんな逆境の最中、三流編集者と売れない作家が、出版界にしかけた壮大なケンカの行方は!?
小説の役割は終わったのか? 物語に生かされたことはあるか? 単行本刊行時、作家・編集者・書店員の方々など業界の内外をざわつかせた問題作が、ついに文庫化。 『イノセント・デイズ』で大注目の作家が放つ、小説をめぐる、男たちの熱きドラマ!!

いま「小説」は必要とされているのか?

こんな大命題を正面切って小説として書くことの大胆さが、早見和真氏の真骨頂なのだろう。

デビュー作『ひゃくはち』では高校野球の控え選手を主人公として、溌剌とした清廉潔白なイメージの裏側にあるリアルな高校球児の生態を活写した。

衝撃作『イノセント・デイズ』では不遇の死刑囚・田中幸乃の生涯を描きながら心の内側のひだをめくった。

ノンフィクション『あの夏の正解』では、コロナ禍で戦後初めて中止となった甲子園大会に出場できなかった球児たちへ、真正面から相対した。

いずれも、著者自身の、己に嘘はつけない、ついてはいけないというストイックな姿勢を感じてしまう。

エンターテイメントとしての小説はフィクションであり、著者自身の思想や好みを排して書くことも可能だったはずである。

だが、著者の作品群には、そういったある種の「割り切り」が感じられない。

小説はフィクションである。フィクションは要するに「ウソ」である。

ウソなのに、ウソを書いてはいけない、と考えているように思えるのである。

己との対話

本作の最も重要で、且つ凄みを感じたのは、本作自体が己との対話の上で成り立ち、紡がれていったという点である。

「なぜ、小説は必要なのか」

という命題に明快に答えているシーンがある。

内山の言葉はどこかこちらを煙に巻くようで、でもしっかりと芯を食ったような、不思議なものだった。考え込んだ俊太郎をちらりと見やって、内山は首をすくめる。

「大丈夫だよ。確証があるわけじゃないけど、物語が必要とされる時代はきっと戻ってくるはずだから」

「そうなんですか?いつ?」

「逆にお前はいつだと思う?」

内山は俊太郎の質問を許すまいとするように言葉をかぶせた。

「つまり、いまある物語が通用しなくなる時代ってことだ。終戦直後のように、みんなが共有していた指標を一気に失うとき」

文庫版P315

世界から物語が必要とされるのは、価値観が一気に変わってしまうような時だという。

価値観がガラリと変わる時、先の見通しが悪くなる。

見通しが悪くなれば、人々は不安に駆られるものだ。

不安な時は、どうしても周りがどうなっているか、他の人はどう考えているのかが気になってしまうだろう。

そんな時、物語を読むことによって、他者を知り、世界を知る手掛かりを得たいと思うのだ。

そして、「物語」が持つ最も重要かつ唯一無二の良さは「己との対話」する装置だ、という点だ。

物語を読むことによって、他者の気持ちを想像し、自己の振る舞いに気づくことができる。

なぜ、小説にはそれが可能なのか?

それは「タイムラインが自分に委ねられている」からではないかと思う。

いわゆる動画などの映像作品や音声コンテンツではタイムラインをプラットフォーム側に奪われている状態だ。

倍速視聴なども可能だが、限定的なものだ。

自分自身で変速・減速が自在にできるわけではない。

「己との対話」には自分の速度で文字を追うことが重要なのだ。

「出版不況」「書店減少」「小説が読まれない現実」

出版不況の深層:「小説が読まれない」現実は本当か?データと新たな潮流

近年、「出版不況」や「書店減少」というニュースに加え、「最近は小説を読まなくなった」という声も耳にするようになった。

電車に乗って周りを見回しても、ほぼ全員がスマホと睨めっこしている。

スマホ登場以前は、文庫本や新聞を広げている人が半数強、あとは寝ているか、外を眺めているか、おしゃべりしている人たちばかりだった。

肌感覚では「小説を読む人は減っている」と言えるのだが、実際はどうなのだろうか。

・データが示す出版市場の現状と「小説離れ」

出版物販売額の推移を見てみる。

公益社団法人 全国出版協会・出版科学研究所のデータによると、出版市場全体の販売額は長期的に減少傾向にあることがわかる。

特に雑誌の落ち込みが顕著。

電子書籍や電子雑誌の市場は拡大しているが、その成長は紙媒体の減少を完全に補うには至っていない。

[link]日本の出版販売額 | 出版科学研究所オンライン

出版市場全体の販売額が減少する中で、書籍の中でも特に文芸書の販売額やシェアがどのように推移しているか、という点についてはどうだろうか。

文芸書のみのデータは見当たらなかったが、雑誌等をのぞいた「書籍」全体のデータがこちら。

[link]書籍販売額 | 出版科学研究所オンライン

雑誌と比較すると減少幅が緩やかに推移しているが、減少傾向であることに変わりはない。

「22年は前年比4.5%減。売れた本にはシニア向けが目立ち、部数規模も小さくなっている」とあるように、若年層への文芸書の存在感は薄くなっていると見える。

・書店数の減少と小説販売への影響

書店数が減少しているのは事実としてデータが示している。

[link]日本の書店数 | 出版科学研究所オンライン

2003年の総店舗数は20,880店、2023年には10,918店、20年でほぼ半分になっている。

坪数計や平均坪数を見ると、坪数計は2003年が1,096,532に対して2023年には1,070,172、あまり変化していない。

一方、平均坪数は80.3から132.9となっている。

これをどう解釈するか。

仮説としては、小規模書店が減少し、大型書店の比率が高くなったのではないだろうか。

体力的に厳しい小規模書店の経営状況が改善できていないという現実が突きつけられている。

・若年層の活字離れ

「若者の●●離れ」はマスメディアが使う便利な言葉だ。

実際はどうなのだろうか。

肌感覚としては、やはり若年層が手に持つのはスマホや携帯ゲーム機器であり、あらゆるものがSNSを通じてやり取りされているのだろうと推察される。

そこに「小説」が割ってはいる隙間はあるのだろうか。

ひとつの光明としては、小中学校における「朝読書」の時間が挙げられるのではないか。

「朝読書」の取り組みは、若年層が日常的に活字に触れる機会となりうるのではないか。

[link]「学校読書調査」の結果|全国学校図書館協議会

「5月1か月間の平均読書冊数」の推移がグラフで展開されている。

1994年から2024年までの31年間の5月1ヶ月間の平均読書冊数の推移である。

小学生では1994年は6.7冊、2024年には13.8冊に2倍以上に増えている。

中学生では1994年が1.7冊、2024年には4.1冊、こちらも2倍以上の伸びである。

高校生になると伸び幅が小さくなってしまうが、1.3冊から1.7冊で、微増ではある。

こうしてみると、若者の活字離れは当てはまらないように見える。

[link]大人は読書離れ 子どもは増加傾向 小学生 中学生 高校生は? “情報がノイズ” その意味は? | NHK

とはいえ、一定数はどうしても読書ができない可哀想な人種というのは存在するようだ。

[link]「若者の本離れ」がこんなにも加速した5つの理由 今や「マンガでさえ」昔よりも読まれていない | 読書 | 東洋経済オンライン

本を読む、読書の素晴らしさをいくら唱えたところで、こういった「読書以前の人」には届きようがない。

「物語に救われた者」という表現が何度も出てくる。

私自身も、それに近い経験がある。

人は明日を考えた時、不安になる生き物である。

それはフィクションを信じているから。

物語の力が必要な時が、あなたにもきっとある。

だから、私は小説を読む。


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