【BOOK】『あしたの君へ』柚月裕子:著 心の内側に寄り添う仕事

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「家庭裁判所調査官」と聞いて、どんな仕事なのかを説明できる人は、そう多くないだろう。
それだけ普段の生活には馴染みがない職業である。
本書はその家庭裁判所調査官になる、前段階の「調査官補」が主人公の連作短編集。

家庭裁判所調査官に採用されたばかりの新人・望月大地は2年間の養成過程研修で九州・福森家裁に配属される。
新人ではあるが実際の少年事件を担当するなかで、表面には見えてこない心の内側に、その人にしかわからない真実があることに気づく。
それは必ずしも良いことだけとは限らない。
相談者と彼らを取り巻く家族との抗いがたい葛藤と苦悩を共に考え、向き合うことで、望月大地自身もまた成長していく物語。


Amazon.co.jp: あしたの君へ (文春文庫) : 裕子, 柚月: 本

寄り添う事で、人の人生は変えられるか――
『孤狼の血』『盤上の向日葵』『慈雨』の次はこれ!!
柚月裕子が描く感動作!!

裁判所職員採用試験に合格し、家裁調査官に採用された望月大地。
だが、採用されてから任官するまでの二年間――養成課程研修のあいだ、修習生は家庭調査官補・通称“カンポちゃん”と呼ばれる。
試験に合格した二人の同期とともに、九州の県庁所在地にある福森家裁に配属された大地は、当初は関係書類の記載や整理を主に行っていたが、今回、はじめて実際の少年事件を扱うことになっていた。
窃盗を犯した少女。ストーカー事案で逮捕された高校生。一見幸せそうに見えた夫婦。親権を争う父と母のどちらに着いていっていいのかわからない少年。
心を開かない相談者たちを相手に、彼は真実に辿り着き、手を差し伸べることができるのか――。
彼らの未来のため、悩み、成長する「カンポちゃん」の物語。

Amazon.co.jp: あしたの君へ (文春文庫) : 裕子, 柚月: 本より引用:

家庭裁判所調査官という仕事

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Photo by Bonnie Kittle on Unsplash

家庭裁判所調査官(補)は、家庭内のトラブルや少年事件を調査する仕事だ。

 家庭裁判所調査官は、各家庭裁判所に配属され、家庭裁判所の裁判官の指示を受けて少年事件や家事事件について調査、報告を行う。

 少年係の家庭裁判所調査官は、非行を犯した少年などの家庭や学校の環境、生い立ちなどを調査し、裁判官が適切な指導や処遇を考えるうえで参考となる報告書を作成する。時には少年の再非行防止を目的とした教育的措置のプログラムを開発することもある。

 家事係では、主に離婚や親族間の紛争などの調停や養子縁組などの審判に際し、当事者や関係者から事情を聞いて事実関係を調査し、審判や調停の参考資料となる報告書などを作成する。

家庭裁判所調査官(補)の仕事内容|マナビジョン|Benesseの大学・短期大学・専門学校の受験、進学情報より引用:

日本は住民基本台帳に基づき、行政上の単位として「世帯」という考え方がある。
子どもは生まれてから親と同じ「世帯」に属し、成人して結婚すると新たな「世帯」を形成する。
住民票には「氏名」「生年月日」などと共に「世帯主の氏名と世帯主との続柄」が記載されている。

「世帯」とは単純に「家」と置き換えると、厳密には違いがあるが、社会通念上は似たようなものとして扱われている。
日本ではこの「家」という単位で、あらゆる事柄を担う構造になっている。
基本的に「家」で起こったことは、その「家」ごとに解決してくださいね、というのが、おそらくほとんどの日本人の無意識下にあるのではないだろうか。
制度があるからそうなのか、そういう意識があるから制度が出来上がったのか。
鶏が先か卵が先かわからないが、無自覚にそういうものだと思って生きている人がほとんどだろう。

うまくいっている時は良いが、うまくいかなくなった時、「家」ごとにトラブルを解決すべきという「常識」が、ますますその「家」を苦しめることになる。
トラブルの当事者同士では距離が近すぎて、うまく意思疎通できないことは、往往にしてよくあることだ。

そうした時、第三者として家庭内のトラブルに介入する存在として、家庭裁判所調査官がいるのだ。

ギリギリの判断を支えるため、問題を紐解く

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Photo by Tingey Injury Law Firm on Unsplash

「家庭裁判所」というと、真っ先に思い出してしまったのが『家栽の人』だ。

家栽の人』(かさいのひと)は、毛利甚八作・魚戸おさむ画の青年漫画家庭裁判所の略称は「家」だが、この作品の題名は栽培するの「栽」であり、「家の人」は誤記である。小学館ビッグコミックオリジナル』に連載された。単行本は全15巻、文庫は全10巻。

家栽の人 – Wikipediaより引用:

こちらは家庭裁判所の裁判官が主人公である。
家事事件であれ少年事件であれ、いち家庭のトラブルに第三者として介入し、判決を下す。
人間の本質を見つめ、常に当事者の問題と向き合い、当人にとってより「ベター」な選択は何かを見極める。
裁判官とはそういう、人と人との間に立つ、ギリギリの判断を求められる仕事だ。

学生の頃に読んで大いに感銘を受けたものである。
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家庭裁判所調査官(補)は、そうした裁判官が判断するための情報を調査・整理する仕事である。
判決はしないが、当事者に最も近い立ち位置で寄り添い、どうして問題が起こったのか、どう感じているのか、本人には何が必要なのか、観察や聞き取りを通して紐解いていく。

ちなみに、家庭裁判所調査官になるには、裁判所職員採用総合職試験(家庭裁判所調査官補)を受験して採用された後、裁判所職員総合研修所において2年間研修を受けて必要な技能等を修得することが必要。
合格率から見てもかなり難易度の高い試験である。

2022年度の家庭裁判所調査官の合格率は、院卒者区分では申込者130人(うち女性91人)のうち、最終合格者が13人(うち女性10人)の10.0%、倍率は8.9倍でした。

【2023年版】家庭裁判所調査官採用試験の難易度・倍率 | 家庭裁判所調査官の仕事・なり方・年収・資格を解説 | キャリアガーデンより引用:

ネタバレ注意
ーーーネタバレ注意ーーー

自分は何もわかっていないことを自覚するということ

連作短編集という形式だが、物語上は時系列順に繋がっており、読者も主人公・望月大地の成長と共に歩むこととなる。

第1話 背負う者(17歳 友里)
窃盗を犯した17歳の少女・鈴川友里

第2話 抱かれる者(16歳 潤)
ストーカーをしていた高校生・星川潤

第3話 縋る者(23歳 理沙)
望月大地の幼馴染で離婚調停中の女性・瀬戸理沙

第4話 責める者(35歳 可南子)
夫のモラハラに苦しみ自らを責め続ける女・朝井可南子

第5話 迷う者(10歳 悠真)
両親の離婚を前に幼い心が揺れ動く小学生・片岡悠真

主人公・望月大地は調査官補になりたてのド新人。
人生経験がまだまだ十分とはいえないなかで、様々な当事者に寄り添わなくてはならない。
当然、わからないことだらけで、何が正しいのか、何が勘違いなのかもわからない。

だが、わからないことに対しては無自覚でいてはいけない。
調査官補とはいえ、裁判官が判決するために必要な情報を集め、整理しなければならない。
その作業は、時に「正解」を求めてしまうことになりがちだ。

「正解」とは「正しい」「解」である。
だが、家庭内のトラブルにおいて、単純にこちらが「正解」あちらは「間違っている」と白黒はっきりとできることばかりではない。むしろはっきりできないことの方が多い。
こうした状況においては、「正解」を求める思考回路は危険でもある。

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Photo by Marcos Paulo Prado on Unsplash

講談社文庫版の巻末に、本物の家庭裁判所調査官・益田浄子さんの解説がある。
そのなかで、「曖昧さに耐える」という表現がある。

ーーー曖昧さに耐えること
を大切にしている。
誰しも答えが出ない状況は苦しい。そういう局面に立つと、なんとか(割り切れないことまで)割り切ってしまうことで解決したくなる。けれど、目の前の子ども・親たちがまさしくそのような状況にいる。わかったつもりにならずに一緒に悩み抜く、とことん考えて曖昧な状況に耐え続ける、これがとても大事なことだと感じている。
P295

まさしくこれが、家庭裁判所調査官の仕事の本質なのだろう。

望月大地は、まだまだこれから様々な仕事を覚えていかなければならないが、現時点で「自分が何もわかっていない」ということをわかっているのだ。
ソクラテスの「無知の知」である。

調査官は、今目の前にいる当事者たちに寄り添い、観察し、感情の揺れ動きを感じながら、同時に未来をも見据えている。
この子の未来はどうあるべきだろうか、どういう処遇がよりベターなのか、まさに「あしたの君」にとって、より良い選択ができるように支えている仕事なのだ。