【MOVIE】『すばらしき世界』生きづらいけれどあたたかい、この世界の空の下で


生きづらい、と感じるのはいつも決まってマイノリティの側だ。
人生の大半を刑務所で過ごした主人公・三上は13年ぶりに出所し、保護司のもとで自立を目指す。
そこに三上の更生をテレビ番組にしよう企むマスメディアが近づくが、知れば知るほどこの世界の生きづらさの仕組みが見えてくる。
社会の片隅で生きる人間の小さな「やり直し」の物語は、自分自身の問題として私は捉えた。

芸者の母親から生まれたが父親が認知しなかったため無戸籍児として養護施設で育った三上。
やがてヤクザ組織に入り殺人事件を起こし、刑務所に収監される。
10数年ぶりに刑期を満了で出所。今度こそカタギの人生を送ると考えていた。
しかし、元殺人犯で10代の頃から少年院や刑務所で過ごしてきた三上にとって、社会に出たら何一つ満足にできないことを思い知らされる。

弁護士が身元引受人になってくれたことでアパートを借りることができ、生活保護を受けることができたが、仕事を見つけることができない。
職歴がないからだ。
日本のほとんどの企業では、その人の“過去”を見る。
過去、何をやってきたのかを見て、これから仕事がちゃんとできそうかどうかを見定める。
そうやって過去を見て採用したとしても、早くに転職すると「根性がない」だのという。
自分たちが過去を見て見定めたくせに。

無戸籍児で少年院や刑務所へ何度も出入りする人生を送ってきた三上は、現代日本におけるマイノリティの詰め合わせのような人物像である。
戸籍がない、学歴もない、職歴もない、運転免許も更新切れで持っていない、おまけに高齢で健康状態が悪く、ストレスがかかると心臓に負担がかかるため、病院から処方される薬を常備している。
すぐにカッとなりやすく、一度キレると相手をボコボコにするまで止まらない。
裁縫が得意で剣道の防具を縫い仕上げることができるが、特殊すぎる技能は生かす職場がないし、あったとしてもそれで食べていけるだけの報酬を得るのは難しい。
一体何ができるのかというほど、何もできない人間として描かれる。

ネタバレ注意
ーーーネタバレ注意ーーー

一方で、身の回りの整理整頓は刑務所仕込みでかなりきちんとしている。
ひとつのことに集中して取り組むことができる。
幼少の頃、施設で別れた母親がいつか迎えにきてくれるといまだに信じている。
身元引受の弁護士の妻からは、三上は優しくて真っ直ぐすぎると評されている。
このポジティブな面すら、今の日本人が忘れ去ってしまった要素ばかりのようにも見える。


行き詰まった三上は、ヤクザ時代の兄弟分に連絡をとる。
北九州で再会するが、ヤクザすら現代社会では生きづらいことを知る。
ヤクザを肯定しているわけではないが、絶対に必要ないとまでは描いていない。
障害を持った者や社会では普通に生きていけない者の受け皿という“必要悪”として描いている。
その兄弟分の屋敷に警察のガサ入れがある。
海釣りをしていて不在だった三上は兄弟分の妻に逃がしてもらう。
カタギの世界は我慢の連続、楽しいことなんて何もない、だけど空は広い、と。

我々の住む“カタギの世界”は確かに我慢の連続である。
理不尽なことばかりで、何が正義か悪かわからなくなる。
介護施設で働くことになった三上は、障害を持つ先輩職員とも仲良く働くことができるようになった。
しかし、その障害を持った先輩職員が虐められている場面に遭遇する。
以前の三上であればカッとなって虐めている側をボコボコにしただろうが、就職したことを祝ってくれた周りの人たちを思い出し、暴行は思いとどまる。
実は障害のある先輩職員が、問題行動を起こしていたことを知る。
虐めている側にも(良くはないが)それなりの理由があったことが明らかになるが、それでも弱い立場の者を笑いものにすることにも、理不尽さを感じ我慢を重ねる三上。

pink flowers with white background
Photo by J Lee on Unsplash

ラスト、職場から帰る際、障害のある先輩職員から秋桜を貰い受ける。
台風が来るから吹き飛ぶ前に先に切ったという。
嵐で吹き飛んでしまうなら、せめて家で生けたほうがいいという、純粋な想いだろう。
それを受け取った三上は家路を急ぐ。
元妻から電話があり、いつか会って食事をしようと誘われる。
仕事で我慢が多いけれど、いいことも増えてきた、これからはカタギの人生を歩むんだと。
雨が本降りになる中、軒先に干していた洗濯物を取り込む。
カメラはアパートの外から洗濯物をとらえる。
もうひとつシャツが残っているのに三上は姿を現さない。
強風に煽られ、大きくはためくカーテン。
三上が裁縫の技術で綺麗に仕上げたカーテンは、いつまでも風に煽られたまま。

三上はおそらく心臓に負担がかかりすぎて、心筋梗塞になったのだろう。
それには嵐が来る中急いで家へ駆け込んだから、というだけでなく、職場のストレスも大きな要因のひとつに違いない。

我慢に我慢を重ね、楽しいことなんてないこの世界で、
それでも生きていくには、周りの人のあたたかさがなければ難しい。

亡くなる瞬間、三上の右手には秋桜がふんわりと包まれていた。
三上が亡くなった知らせを聞いた、ジャーナリスト津乃田の号泣は、三上がカタギとして真っ当に生きてきた証だった。

とかくこの世は生きづらい。
だけど、亡くなった時に泣いてくれる人がいるのは、やはり幸せなのかもしれない。

確かに、娑婆の空は広かった。

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Photo by chi liu on Unsplash


2020年、第45回トロント国際映画祭に出品されワールドプレミア上映。
第56回シカゴ国際映画祭 【観客賞】【最優秀演技賞<役所広司>】受賞。
第47回シアトル国際映画祭 観客賞を受賞。
数々の栄誉が讃えられた本作品は、直木賞作家・佐木隆三の『身分帳』が原案。

この原作が書かれたエピソードもドラマがあるが、さらにこの原作を読んだ監督の西川美和が映画化にあたって脚本を書く段階でのエピソードも、これだけで映画になるくらいにドラマである。

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身分帳 (講談社文庫)
4093888086
スクリーンが待っている

ちなみに西川美和監督は広島出身。大のカープファンであるらしい。
原案・原作の佐木隆三氏も広島出身。
何を濃い(鯉)繋がりを感じてしまった。

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