【BOOK】『東京ホロウアウト』福田和代:著 運んでいるのは信頼

「HOLLOW OUT(ホロウアウト)」とは、直訳すると「凹(くぼ)める」「決(さく)る」「抉(えぐ)る」という意味らしい。
ニュアンスとしては、ある一定の領域に対して中央付近だけを取り除く、欠落させる、といった感じだろうか。
東京一極集中が進む中、2020年二度目の東京オリンピックが開かれる直前、トラックに青酸ガスを仕掛ける事件が発生。
単なる嫌がらせでは収まらず、高速道路やトンネル、ガソリンスタンド、東京湾にかかる橋にまで事故が頻発。
さらに首都圏を直撃する台風によって、東京に物資が入らなくなる「ホロウアウト」状態に。
何でも揃う大都市の「当たり前」は名もなき人々の不断の努力によって支えられていたのだ。
現代に生きる我々の、明日にでも起きかねない”物流クライシス”の傑作。

【BOOK】『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ:著 「家族」の必須条件

血の繋がらない親子。
という設定だけを聞くと、お涙頂戴物のイメージが先行してしまうが、どうもそうでもない気がする。
2019年の本屋大賞を受賞。帯にも「著者会心の感動作」とある。
だが、私にはそういう感想はあまり沸かなかった。
どこにそんな感動ポイントがあったのか分からず、しばし悩んだほどである。

ミッドナイトジャーナル

【BOOK】『ミッドナイトジャーナル』本城雅人:著 嘘を見抜く目、嘘をつかない矜持

「それはジャーナルなのか?」
忙しさで目が回る毎日の中で、いかに芯に情熱を持ち続けることが出来るか、お前にはそれがあるのかと問われている気がした。
他紙に抜きつ抜かれつするスクープ合戦は、時として上司の命令に背かなければ得られないこともある。
中央新聞さいたま支局の関口豪太郎は連続少女連れ去り未遂事件を取材する中、七年前の連続幼女誘拐事件での誤報を思い出す。
単独犯で結審したが実はもうひとり共犯者がいるのではないかと気づいていたにも関わらず、報道しなかったことで次の事件が発生するのではないか、という焦りが連日の取材の疲れを倍加させる。
新聞記者と警察官の欺し欺される夜討ち朝駆けの取材攻防。
元新聞記者の著者ならではの圧倒的にリアルな現場のやり取りに隠された、犯人への怒りと組織の論理との間に揺れる葛藤が、読む者の胸を討つ。

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【BOOK】『ラストワンマイル』楡周平:著 腐らず次の一手を常に模索することの意義

「安定は情熱を殺し、緊張、苦悩こそが情熱を産む」フランスの哲学者アランの言葉は、全ビジネスマンの胸に届くべき言葉だ。
宅配最大手の『暁星運輸』広域営業課長・横沢は、郵政民営化により郵便局が宅配事業者とガチンコ対決となる中、ネットショッピングモール最大手『蚤の市』から法外に安い運送料金を迫られる。大手コンビニチェーンの宅配事業も奪われ企業存続の危機に陥る。起死回生の一手は「出店料無料のネットショッピングモール」事業の立ち上げ。『蚤の市』vs『暁星運輸』の戦いの横では、『蚤の市』による『極東テレビ』株大量買いによる敵対的買収が絡み、企業同士のビジネスバトルが繰り広げられる。

【MOVIE】『キャラクター』アイデンティティの依存、喪失と再生のサイコホラーサスペンス

心臓に悪い。
正直これほどまでに「ハラハラドキドキ」がストレートな感想になる作品は他にないだろう。
原作なしのオリジナル脚本ながら一瞬も飽きさせない展開と、絶妙に全部を見せないがしかし地上波テレビでは放映できそうにないギリギリのラインを攻めるグロテスク表現、文句の付けようがない豪華キャスティング、それらを見事なバランスで成立させた近年まれに見るエンターテイメントの傑作だ。

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【雑想】AIにはできないこと、人間に残されたものとは #chatGPT

昨今のIT系ニュースはほとんど「chatGPT」がすごい、という論調ばかりだ。 この流れの中、画像生成AIをAdobeがぶっこんできた。

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【TV】2023年春(4月期)ドラマ メモ #TVドラマ

いったいこんなにたくさんのドラマを観る時間があるのか。
と自分でも思うが、つまらなければ観なければよいので、いったんリストアップしておく。

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【TV】2023年冬(1月期)ドラマ 10本の感想メモ #TVドラマ

誰の得になるのか分からないが、2023年1月スタートのドラマを観たまとめを書いておく。 大河ドラマを除いて12本の第1話を全て観て、結局最後まで観たのは10本であった。 いくつかは惰性で観ていたものもあるが、Tverが無 …

六人の嘘つきな大学生

【BOOK】『六人の嘘つきな大学生』浅倉秋成:著 月の裏側もまた、月である

就職活動という、人生においてもっとも嘘をつき、嘘をつかれ、自分を欺き、美辞麗句の海で溺れる経験ができる貴重な機会において、本当の自分とはどんな自分なのかを問い、追い詰められていく六人の大学生たち。
二転三転、良い人だと思っていた人が実は腹黒いところがあり、でもやっぱりあとから良い面が見えたり。
月の裏側のように、人が人を見ているのは、ほんの一面に過ぎず、人間とは実に多面的な存在であることを、巧みなストーリーテリングで描ききった快作だ。

【野球】WBC日本代表「侍ジャパン」優勝 世界一を奪還に思う「日々鍛錬」の凄み

2023年3月22日、野球のWBC(World Baseball Classic)で、日本代表である「侍ジャパン」が優勝し、世界一の称号に輝いた。 決勝戦はアメリカ代表との戦いで、日本は3−2で勝ち、3大会ぶり3回目の優 …

二重らせんのスイッチ

【BOOK】『二重らせんのスイッチ』辻堂ゆめ:著 アイデンティティは環境によってつくられる

「僕が僕であるために」という歌があったが、自分が自分であるということを証明するには、自分以外の「モノ」が必要である。だが、やってもいない事件の証拠が、ことごとく「それは自分である」と告げていたら、いったいどうやって自分が …

【BOOK】『犬を盗む』佐藤青南:著 人と動物の暗くて深い溝を越えるもの

犬を中心に、殺人事件や動物虐待、保護犬の問題、前科者への偏見、ネット上の誹謗中傷など、さまざまな社会問題が複雑に絡み合い、物語が一つに収斂していく。
人の裏の顔と動物の純粋さの狭間にある、暗くて深い溝を越えられるのは、一体何なのだろうか。

アナザーフェイス

【BOOK】『アナザーフェイス』堂場瞬一:著 厳しさと優しさのもうひとつの顔を持つ刑事

「もうひとつの顔」は、誰にでもある。
家庭での顔、職場での顔、周りの人間関係によって様々な顔を我々は無意識に使い分けている。
そして、それは自分以外の人には「見せられない顔」とも言えるのだ。
子どもが誘拐された内海夫妻に、ある違和感を感じる刑事総務課の大友鉄は、自分自身の「もうひとつの顔」との狭間で揺れ動きながら、事件の真相に迫っていく。
警察小説史上、最も優しい(かもしれない)シングルファーザー刑事の、慈しむ視線が事件を解決へ導く、切ないラストに胸が痛む。

【BOOK】『じんかん』今村翔吾:著 人間の根源を問う大河浪漫

これはもはや「大河ドラマ」である。
読み始めてすぐにそう感じた。
ひとりの男の一生を追う物語は、波瀾万丈と表現するだけでは決して表せない、重く太く深い何かがある、そう思わせたのだ。
「人はなぜ生きるのか」生涯をかけて問い続けた、その答えを、松永弾正久秀は見つけたのか。
本作は、人間とは何かを突きつける、今という時代に読まれるべき慟哭と賛美の書だ。

【BOOK】『罪の声』塩田武士:著 過去を振り返るだけではない未来へつながる希望の物語

実際にあった「グリコ・森永事件」をモチーフとした傑作長編小説。
もちろん本作はフィクションだが、犯行声明や事件発生日時など、可能な限り史実に基づいて描かれている。
これはフィクションの皮を被った、限りなくノンフィクションに近い犯罪の記録と、過去を振り返るだけではない未来へつながる希望の物語だ。

金の角持つ子どもたち

【BOOK】『金の角持つ子どもたち』藤岡陽子:著 自ら飛ぶための力

5年続けてきたサッカーで選抜メンバーに選ばれなかったことから、中学受験をして夢を叶えたいという少年・俊介と、現実とのせめぎ合いの果てに子どもを応援する親と、信念を元に子どもたちに勉強を教えてきた塾講師・加地が見たのは、子どもたちが自らの力で勝ち取った「金の角」という武器だった。
中学受験を巡る親と子と塾の世界で巻き起こる、希望と再生の物語。

【BOOK】『転々』藤田宜永:著 人生を振り返り前を向く東京散歩

井の頭公園をスタートし、ゴールだけを決めて東京を東へ散歩するロードミステリー。
借金を抱えた青年・竹村文哉と強面の男・福原愛一郎。
「百万円をやるから一緒に散歩をしろ」という奇妙な提案を受け、文哉は福原とともに歩き出す。
東京散歩を縦軸に、文哉の純愛物語を横糸に、偶然に出会う人々と、さらに絡み合う福原の謎、文哉の人生と家族の謎。
短いけれど切ない人生を振り返り、再び生き直すための散歩は、衝撃の結末を迎える。

【BOOK】『理由』宮部みゆき:著 現代社会の落とし穴

東京都荒川区の超高層マンションの一室で起きた凄惨な殺人事件。
男女の死体と老婆の死体。そしてベランダから落下したと思われる若い男性の死体。
計4名の惨殺死体は、そのマンションの住人ではなかった・・・。
事件を中心に、膨大な数の関係者の証言をまとめた形で表現されるルポタージュの構成は、社会に潜む落とし穴を見事に浮かび上がらせる。
圧倒的な解像度で関係者間の関係性を活写する、極上のリアリティで綴られる大作。第120回直木三十五賞受賞作。

【BOOK】『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ:著 助けてと声を上げ「呪い」を解く物語

「世界一孤独なクジラ」が歌う声は52ヘルツで響く。ただしその声は他のクジラには聞こえない。
助けてという声が他の誰にも届かない孤独を背負って、深い海を漂うそのクジラに、希望はあるのだろうか。
児童虐待、ヤングケアラー、ネグレクト、トランスジェンダーなど、助けてと声を上げても聞いてもらえない者の悲しみは、52ヘルツで歌うクジラそのものだ。
2021年本屋大賞受賞作。「自立」に必要な、たったひとつの「呪い」を解く物語。

【BOOK】『わたしが消える』佐野広実:著 最後に残った記憶とは

自分の記憶が徐々に失われていくとしたら、いま、何をすべきだろうか。
これまでのすべての記憶がなくなってしまったら、自分は「生きている」と言えるのだろうか。
たしかに「生きていた」という証を、まだ残っている記憶の限りを残した男と、
それを追う主人公とその家族が最後に見たものとは何だったのか。
本作は、自己のアイデンティティと社会に巣くう不条理な力との狭間で、本当に大切にすべきことは何かを考えさせられた傑作である。